94 四者会合
*
不思議なものだと思う。この歳月で自身の
不在がちな兄達よりも、自然、
長鳴が邸の戸を叩扉すると、すらりと開けたのは
「遅いぞ」
「済まない。最後の薬を仕上げていた」
「――できたのか」
「ああ。明日にも出られるよ」
梶火は辺りを見回してから「早く入れ」と彼を招き入れた。
屋内には既に、
「やっぱり僕が最後か。ごめんね」
「否、無理を言ったのは俺だったな。済まなかった」
梶火の謝罪に首肯して見せると二人は土間から上がった。
八重と熊掌は既に所定に置かれた丸座布団に座している。四人は常の如く車座になると、その中心に置いた一本の灯火をはさみ、幾度目か知れぬ会合に臨んだ。
口火を切ったのは、何時もの如く熊掌だった。
「まず、長期間の留守を済まなかった。長鳴、八重」
二人は無言の内に首肯する。
「今回の不在中に、八重以外で参拝した者はいる?」
「うん。この半年の内やと三人やね。皆女」
「――ひとりはやっぱり」
「うん。きよ香。うちが風邪引いてる間、あの子が代わってくれたんよ」
「そうか。――冷え込みがきついと脚も痛むだろうに」
「うん。後で
「わかった。それはそのまま保管維持を」
「うん。――あと、すごく言い
「なに?」
「――髪を
長鳴一人が険しい顔をして
「しのは、『色変わり』せぇへんかった」
八重の言葉に、熊掌と梶火が眼を見張る。
「ほんとか、そりゃ」
「ほんまや。一切変色なし」
「兄上の娘なら、そりゃそれが自然というものだけれど……」
眉間を険しくした長鳴の言わんとするところは全員承知の事だ。ここにいる皆が、しのの実父母が
「――あの二人のどちらかでも、邑長の家系だった事はあるのか?」
梶火の言葉に熊掌は頸を横に振る。
「わからない。五百年もあれば多少は混じる事もあるだろう。しかし、全くとは……」
「先祖返り、という事かも知れませんね」
長鳴の
「八重には申し訳ないが、
「
梶火の言葉に、熊掌は苦笑しつつ首肯する。
「うん。その可能性も考えて注視してみたけど、そんな事はなさそうだよ。大体、あの環境下では隠しようがないし、そもそも利点がない」
「じゃあ、やっぱり
熊掌は片頬を上げて
「あそこはね、昔からふんわりと疑わしいらしい」
熊掌の言い回しに、長鳴が思わず苦笑する。
「ふんわり、ですか」
「方丈の曰く、歴代振る舞いがどことなく
「隠すって事は、対、月朝に向けての戦略、って事やんな?」
熊掌は、
「器がなければ
長らくその存在を水面下に隠してきた仙山は、四年前の
八重が難しい顔をする。
「白浪てのは、御子がいたはるとこやろ? そんなところが、うちの命狙いに来はるん? 兄さんの友達やって人やろ?」
熊掌と梶火が目配せしあった後、言葉を引き継いだのは梶火だった
「白浪の所在が分かった」
梶火の言葉に、「どこや」と八重が問う。
「
「うっ――嘘やろ⁉ 白浪て、白臣やん。
熊掌が「その白浪が、月朝に使者を立てた」と断じた。
「いつ⁉」
「既に
梶火が隣で顔を険しくしながら首肯する。
「この邑は、五百年もの間、どえらい物を隠し持っていたってわけだ。――大兄、先代達は知っていたと思うか?」
「否、知らんだろうな。知っていたら早々に母子共々そちらへ送り込んだはずだ。対月朝の即時武力という意味なら
熊掌がこれらの事実を知り得たのは、悟堂の覚醒から
悟堂の覚醒後、食国から下された命に従い、白浪は仙山の大本営を突き止めていた。
五百年ぶりの
先帝の種を持つ交が、簒奪後血の滲むような努力でようやく停戦を結んだ
「白浪のみならず、
熊掌が、ふ、と視線を下に落とした。梶火が顔を向ける。
「大兄。代わるか」
「――ああ。いや、いい。僕から言う。加えて
腰を浮かしかけた長鳴が、しかし居住まいを正して膝の上で拳を握る。
「師範が……生きていたのですか」
「ああ。この七年、ずっと眠りについていたそうだ。――こうなったらもう、月朝は白浪に手出しができない。白浪はどうも、悟堂を間諜である『筒視隊』の所属であった事を理由として、その引き渡しを渋るつもりらしいんだ。彼方には御子がいる。悟堂が方丈の者だという事を知った上で、知らぬ振りをして人質として交渉に使うつもりなんだろうな。黄師と禁軍は、全軍を仙山に向けるだろう。
厳しい顔で
「そういうわけで、僕が今までやってきた事が、
頭の後ろで両掌を組みながら、熊掌はゆっくりと背中を丸めてゆく。そんな彼の姿に、八重と長鳴は言葉を失う。
梶火を除いてこの七年、熊掌は、人前でだらしなく姿勢を崩す事などなかったのである。しかし、それはすぐに立ち消えた。再び姿勢を正し、鋭い眼差しが三人に向けられる。
「整理しよう。白浪が月皇に使者を立てた件について僕が知り得たのは一月前だが、時期的に見ると、梶火が白浪の所在を突き止めたほうが先だな?」
「ああ。二月半、いや、ほぼ三月前だな。使者が立つって報が入って、その出所を探って
「お前の手勢はどれだけまとまった」
「ざっと五百万だな」
「思ったより早かったな」
熊掌の言葉に「長鳴の腕が物を言った」と梶火は笑う。長鳴は静かに「うまく使ってくれたようで、安心したよ」と呟く。
梶火は臨赤を
熊掌は微かに目元を伏せる。
「本拠地が白日の下に
熊掌は両掌で静かに自身の顔を覆った。じり、と灯火が隙間風で揺れた。
「――何があろうと、この代で必ず全ての片を付ける」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます