19 「月」と異地
がたん、と音がした。見れば、
「
「
「ああ。信じてくれた分は裏切らずに済んだと思うぜ。
「何?」
「つまり、この図面を決めた奴は、
「五つの邑に五つの分割された神話の伝承。という事だね」
「そう」
八咫は頷く。
「
「敢えて隠した?」
「対抗できるだけの武力もないのに、情報だけ集約されている状態程危険なもんはないだろ。なんのために五邑に分割したと思ってんだ?
中達が動いた。卓子の隅に積み上げられていた書籍の中から二冊を手に取ると、保食に手渡した。
「師傅、すみません、あたしは字は」
「うむ。わかっておる。ただ、お主にもこの重みを知っておいてほしいんじゃ」
中達に手招きされ、水泥も立ち上がり保食の傍に来た。
「右に白文。左にひらがなとカタカナで同じ事が書いてある。これは、八咫が記憶していた
「――こんなに」
「白文に直すには、ここにある書を全部頭に叩き込んで
水泥があんぐりと口を開ける。
「これだけの量を、丸ごと頭に叩き込んでいたの?」
「そうだ。一言一句間違えてない」
「絶対に?」
「俺は、一度目にしたものは決して忘れない。元の布を見た頃は、それが文字だとすら思ってなかった」
八咫は底知れぬ黒に沈んだ
「
「――は?」
口をあけて呆気に取られていたのは、保食と水泥だけだった。他の皆は、事前に八咫からその話を聞かされていたらしい。涼しい顔をしている。
「詳しい場所の検討はつかねぇんだけど、恐らくは島国だな。海中を矛でかき回して国土を産んだって書いてたからな。この時、天から降りた二柱の神の名が
「イザナミ、なのか」
「ああ、
「素戔嗚って、
「そうだ」
「――そんな事が、その図版に書いてあったのか?」
「そうだ」
「それが、異地の神話だと?」
「そうだ」
「なぜそう言い切れる」
「俺達がいるこの場所からは、「月」が観測できないからだ」
八咫の指が、窓の外を差した。
「よく見ればわかる。大き星は、常にそれ自身が回転しているのか、こちらから見える模様が変わって見えるんだよ。それはつまりあちらからこちらを観測すれば、天球を動いているように見えるって事だ。「月」は天球を東から西へ動き、満ち欠けする。だが、こちらから見る大き星は動かない。満ち欠けはするが、その時ですら模様は動き続ける。だから、ここが「月」だと仮定して考えれば全ての辻褄があう」
保食と水泥は、そろって窓に視線を向けた。銀粉の粉を散らした
「あれが、異地……」
「ああそうだ。わかるか? 大き星が玉の形をしているなら、恐らくこちらの「月」も玉形なんだ。そして、
水泥が驚愕の表情で振り返る。
「ねぇ、じゃあ、ぼく達の祖は、一体どうやってこの
「――そんなもん、
ぞっとする程低く暗い八咫の声に、保食は全身の血の気が引いた思いがした。暗い黒い、底の見えない眼差し。
「――それって、異地の神話からしたら、ここは死者の国って事になるの?」
「そうだな。それも、黄泉の国のほうな」
麻硝がふっと笑う。
「皮肉な話だよね。先朝の国名は夜見だ。すでに文字に書かれて答えは目の前に用意されていたというのに、識字の力がないから、こんなに簡単な事がこの五百年繋がらなかった」
八咫はそれを受けて小さく頷く。
「ねぇ、八咫」
水泥がそっと手を上げた。
「そこまではなんとなくわかった。けど、
八咫は、ゆっくりと瞬きをしてから、するりと立ち上がった。
「――俺の中から、
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