42 赤玉に臨む ー経緯ー
復路となる今回は
そちらには熊掌の荷と
そして、儀傅の駆る荷台から、ちらりと
影の正体は梶火だ。
出立してからはある程度他の馬との間に距離があるため、馭者台に座る儀傅とも話をする事ができた。目深に風防を被り直しながら欠伸をする
「ところで梶火、本当にいきなりこんな長期間
ちら、と儀傅に視線を送ってから、梶火は再び前方にいる熊掌の背中を見た。伸びた背筋からは、体に負担が残っているようには見受けられない。ただし熊掌も馬に乗り慣れている訳ではないので、道中の半分以降は馬車に乗り換える。今は騎乗に慣れるため馬に乗っているというのが正しいだろう。
すぐ目の前に見えているのに、その背は遠い。小さく吐息を零すと、視線を手元に戻す。
「大兄がいない間は邑でやる事ねぇからな。専属の衛士なんて
「自警団を置く許可が取れたくらいなんだから、衛士として宮城に付いて行く事もできたんじゃないのか?」
「――拒否できねぇものを間近で黙って見てろと?」
低い声に儀傅は息を呑んだ。
「愚問だったな。すまん」
がたがたっと車体が揺れる。車輪が石に乗り上げたらしい。
やや気まずい空気が流れてから、梶火は溜息交じりに「仕方ねぇよ」と零した。
「俺を連れてったら
「ああ――まあ、そう判断するか」
「それに」
「うん?」
「大兄は、俺が手を出したら死んでも許してくれねぇと思う」
「そうか。弟の手を汚させたくないんだな。懐の深い人物だ」
「何言ってんだ、ちげぇよ」
「え」
「そんなもん、自分の手で
「おお……そうか」
「受けた不利益は決して忘れない。やられた事は自分の手で万倍にして返す。そういう男だ、昔から」
「――それは、方丈のを、という意味だよな?」
「敢えて回答は控えるぜ」
儀傅の腹が冷える。やられた事という言葉の内に、
儀傅は小さく溜息を吐いた。この少年達の様子はよく見てきたつもりだ。自身の眼が曇っていない事を祈った。
そんな儀傅の内心を知ってか知らずか、梶火は肩を竦めて見せる。
「――まあ単純に、大兄があっちにいる間、邑で黙って待ってるのがきついんだよ」
「そうだな、ただ待つ身も辛いよな」
一行はすでに紺色の夜空の下を進んでいる。
「梶火」
「ん?」
「俺はこの往復が済んだら、一旦
儀傅が言うので梶火は眼を丸くした。
「そんな事して大丈夫なのか?」
「ああ。幸い
「うん」
「今回の滞在で、今後どうするかを決めてくれればいい。もし肌が合わなければ無理に加われとは言わん。まあその代わり、俺が何かで助けが必要になったら、少しだけ協力してくれるとありがたい」
「それは勿論、大兄の害にならない限りだがな」
「ああ、それで構わん」
梶火は荷を漁り中から水筒を取り出した。栓を抜いて口中を湿らせる。
「そういや、俺が邑を不在にする間、黄師ではどう話をつけてくれるんだった?」
「お前、
「わり、ちゃんと聞いてなかった」
「まったく……待機している黄師の中に俺の兄弟子がいる。彼に監視業務を請け負ってもらってあるから、お前はこれからの三か月間、病のために邑長邸で臥せっている事になっている。玉が
「ぶっ‼」
盛大に水を噴き出し
「だいじょうぶかー」
「
「大病患って片方玉がないっていうんだろ? いいじゃないか。時期は違うかも知れんが嘘ではないんだから」
つまり話してはいないという事だ。それは理解できたので、
この
「全くよぉ……それ以外になんかなかったか? 玉が腫れて動けねぇって、衛士としての信用問題に関わるだろうが」
「それは実力に物を言わせればいいんじゃないのか?」
「まあそうなんだがさぁ……」
ぶつぶつと文句を言う梶火に、儀傅は目元を笑ませた。その口元は襟巻で覆い隠されている。今この瞬間の梶火との会話を見咎められないためだ。
満天の星空の下ではあったが、やはり用心するに越したことはない。今一度、儀傅は手綱を握りしめ直した。
沢でのあの夜の後、儀傅は梶火に臨赤について軽く説明をつけた。
確かに長きに渡った
不安と日々いや増してゆく困窮は、戦が起こる更に前、平穏であった白の統治下における
かつて宮中に仕えた、ある著名な詩家がある。これが赤玉の
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