48 赤玉廟 ー経緯ー
*
それは
「危坐で親父さんの庇護下にいたほうが安全なんじゃないか?」
何の気なしに梶火がそう言った途端、
山中と言っても、荷馬車が乗り入れられる程度に道は舗装されている。木々が
馬車が停まったのを確認し、
「これ、なんの
「
答えつつ、梶火の隣から騎久瑠が飛び降りる。全体に華奢な体格なので、着地にも物音を立てない。それから無論、その筋肉量がものを言っているのは明らかだった。鍛え上げられた肉体は、その振る舞いから騒々しさを消し去れるものだ。また、馬車の中でも薄々気付いていたが、騎久瑠は動作の一々が流麗でしなやかなのだ。これぞ正に育ちの
そんな梶火の感想を見抜いたか、
手招きされたので、溜息を吐きつつ二人の後に続いて馬車を降りた。
通された廟の内側は、存外小ぢんまりとしていた。
薄闇の中なのに姿が浮かび上がって見えるのは、恐らくその色彩の為だろう。廟は、円筒が段差をつけて五段重ねられた形状をしている。白銀の屋根に白銀の柱。赤玉なのに白銀なのか――と、少しだけ不思議に思った。
中に入ると、内側も建具はほぼ白銀に染められていた。廟の中心に安置された
印は、左手の薬指に、右手の人差し指と親指を絡ませ、あとはそのまま指先で両手同士を包み込む、という構造になっていた。
「改めて。この辺りの
その言葉に、梶火は
自分達は決して良好な関係などではなかった。別れの間際にはそれも解消できたような気がしてはいるが、積年に渡り揉めた事は間違いない。
否、八咫と直接どうこう、というのはなかったか。
揉めていたのは梶火と
梶火も最初は穏便に事を進めるべく、参拝の参加を促そうと話し合いから始めたのだ。しかし食国は骨の髄から縮み上がりそうな冷酷な一瞥を向けた挙句、「かえれ、げろう」と吐き捨てた。
その「げろう」が「下郎」だと分かった瞬間に梶火の頭に血が上った。拳を振り上げたが難なく
――今思い出しても腹が立つ。あの貧弱野郎は、どう考えても八咫の前では、一方的にやられるばかりの弱者を装っていた。そんなわけがあるか。今でもあの蹴りには一切勝てる気がしないというのに。
しかし、今ここで過去の
騎久瑠
そうして
臨赤については既に儀傅から話を聞かされている通り、主に下々の間で密やかに広げられている、赤玉信仰とその帰還待望を祈念する集の事だ。
「ここには臨赤の
「五百か」
「つまりだな」と紅炎が廟の隅から椅子を引きずってきて騎久瑠と梶火に渡した、座れと示される。礼を言って受け取り座した。
「この周囲の州外にいる民の大半は、騎久瑠の管理下にあるって事だ」
「――そうなのか」
「赤玉の信仰には寄進を求められないが、統治側からは税を求められる。それに応じきれなくなった貧困者が州の統治下から逃れ出て、なんとか糊口を
紅炎は自分の分の椅子を運び、どっこいしょとそこに座した。
「前にも言ったが、臨赤はそれぞれの
「集毎の中身が維持傾向、ないし増加傾向にあるってことか?」
「正解だ」
紅炎がぐしゃりと風防ごと梶火の頭を撫でる。四十男は満足げに、にやり、と笑んで見せる。
騎久瑠は行儀が悪いのか器用なのか、小さな椅子の上で胡坐をかいた。
「私に言われるのは奴等も厭かもしれんが、
「私に言われるのはって、お前何やったんだ?」
ふっと騎久瑠が片頬を
「私達一行が
つまり八咫の事か。
「聞けば
無意識なのか、意識的なのか、もしくは手持無沙汰なのか。騎久瑠の手がまた印を結ぶ。
「これを使えば白臣にまで辿り着けるんじゃないかと――そう思った」
梶火の胃の
「――つまり、八咫の計画に乗ったフリをして、その実お前は、打倒月朝を目論む白浪の方と
騎久瑠は
「私は善人じゃないからな」
紅炎が静かに溜息を吐いた。梶火が視線を向けると、それに気付き、黙ったまま首を横に振った。
騎久瑠は胡坐を解くと
「氷珀の連中は馬鹿だが、言い方を工夫すれば純真だとも言える。友達を
「そいつらは善人だったんだな」
「私ではあれだけの短期間であれ程の人間を動かせない。人望の問題だ。――そんな目で見るなよ。己の分ぐらいちゃんと客観的に判断できる。私は八咫の知己なら信頼できると言った。それは、あいつが私を上回る残忍さと手段を選ばない冷徹さを持っているのに、それに対して無自覚で、周りにもそれを悟らせない、人心操作の
「はっ、それを見込んだってなら、俺の事もまとめて
「何を言う。これ以上ない称賛だよ」
騎久瑠はからからと笑ってから髪を掻き揚げた。赤褐色がさらさらと揺れる。
「世を動かせる人間というのは、つまりは人を動かせる人間の事だ。綺麗事はいらん。私は、手に入るならその才を与えられて生まれたかった」
騎久瑠はずっと厭がっているように言うが、恐らく相当父親に
「八咫は仙山で頭領に、先だって奴等が行った水源汚染作戦を白浪がやった事にしろと進言したそうだ。そして頭領はそれを通した」
さすがの梶火も目を見張る。
「あれ、あいつが言い出した事だったのか」
「そうだ。軍が首謀者を白浪と判断してそちらへ討伐に向かえば、仙山としても大きな利がある。そもそも仙山はその存在をして世に名乗り出る気がないからな。戦績として示す必要がなかった。だから、
「八咫の野郎が出した案もめちゃくちゃだが、それを聞き入れる仙山も仙山だ。外にはめちゃくちゃな奴しかいねぇのか?」
「仙山が破天荒なのは否定しないが、そこに私らまで混ぜるなよ」
騎久瑠は言葉を続ける。
「軍師が進軍している間に、あいつらは
「強奪じゃねぇか」
「まあ強奪だな。問題が起これば軍はそちらに労力を割かざるを得ない。ようは兵力分散が目的だった。
騎久瑠の眼が微かに伏せられた。
「――だから、あんな早急に事が動いたのは、八咫達にとっても想定外だったんだろう。この辺りみたいに統治の届かない場に生きる姮娥は、水が確保できずにどうしようもなくなっていた。風の噂で不死石が手に入ると聞けば移動するに決まっている。皆こぞって北東に向かった。奴等がそこで不死石を配っていたからだ。求めて移動してきた民の量は万や二万では収まらない。それだけの規模の民が動いていて看過されるはずもなかった。金品強奪で一旦は遠ざけた黄師達がその北東に流れた。――結局八咫は白浪に近付けないまま、
じじ、と音がした。
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