あの人の好きなところ
帰って来たのは、きっと義真だろう。
「お帰りなさい」
いつものように帽子を預かる。冬の乾いた外気の匂いが、ふんわりと鼻をくすぐった。軽く顎を引いて答える義真の様子はいつも通り。疲れているのかいないのか、感情の読めない頬をしているのだが、
「澄さんがいらしているの」
きぬは義真の
「あ、奄天堂さん。お邪魔しております」
澄が座布団の上で礼儀正しく頭を下げる。義真はいつものように会釈で答え、深緑色の皿に一つだけ残されたみたらし団子と、その脇に伏せられた『黎明』にちらりと視線を向けてから、廊下に戻って行く。不愛想な背中を見送っていると、彼は書斎に吸い込まれて行った。
「奄天堂さん、今日は少しお疲れみたいですね。ほら、なんかこう、翼が元気ないみたい」
「そういえばきぬさん。奄天堂さんは初対面の時から寡黙だったんですか? その……いつから惹かれ始めたんでしょう」
きぬの思考を読んだかのような質問だ。きぬは、もはや懐かしさすら覚える、あの雷雨の日を思い出す。自分が何者かも分からず、生きる意義にすら疑問を抱くほど、傷だらけだった。一人地面に突っ伏し、ただ雨に打たれ、震えていた。そんな時、きぬの世界に義真が現れた。
雨に打たれ濡れそぼり、半ば膨らんだ勝色の翼。その影は、きぬが唯一大切に持ち歩いていた、
「運命だと思ったの」
思わず呟く。澄が少し目を見張り、口を閉ざす。きぬは過去に思いを
「運命だから、最初から惹かれていたんだと思うの。ほらこれ、見てくれる?」
きぬは、いつも首から大切に掛けている巾着を取り出した。澄がやや腰を浮かし、きぬの手元を覗き込む。
「巾着。何か刺繍が……あ、もしかして」
「気づいた? 家紋みたいなの。多分、私の家族と関係があると思うんだけれどね」
経年による劣化で色あせた巾着の表面を撫でる。両側から何かを包み込むかのような紋。その斜め下には「きぬ」の文字。果たしてこれが、本当に名前なのは分からぬのだが。
「義真さんと出会った時、私は空っぽだった。生きているのに生きていないような人間で、唯一この巾着だけが、家族と繋がる目印だった。中身がすっからかんの私の目に、初めて映ったのはあの人。同じ印を背負った義真さん。あ、もちろんそれ以外にも素敵なところがあったから好きになったんだよ」
「たとえば?」
「うーん」
きぬは斜め上に視線を向けて、思考をまとめる。
「全然喋らないのに、翼の動きに大抵の気持ちが滲み出ているところとか?」
「あ、確かに」
空気が可愛いよね、と二人で笑い合う。その時、意図したような間合いで隣の書斎から低い咳払いが聞こえたけれど、きっと
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