月刊黎明
麻の葉模様の風呂敷の中央に『月刊誌 黎明』を置いて、取っ手が出来るように包み、手に提げてひっそりと門を出る。この日のようにお稽古事がない午後は、気分が清々しくなる。澄は他の年頃の女子と同様に、複数のお稽古に通っているのだ。
目的の
「奄天堂さん、こんにちは。いらっしゃいますか」
答えはない。もう一度声を張ってみるのだが、屋内からは足音一つしなかった。留守だろうか。宗克はまだ帰っていないにしても、きぬがいると思い、足早に訪ねて来たのだが。しばし所在なく立ち竦んでいたところ、宗克が帰宅したらしい。彼は澄の姿を目にすると、手にした風呂敷を軽く持ち上げて、こちらに合図を送った。中身は絶品みつ豆だろうか。
「宗克さん、お帰りなさい。きぬさんお留守みたいなんです」
「この時間に?
宗克に促されて、失礼する。客間に通してもらい、座布団に正座をして一息つくと、早速風呂敷を開く。宗克が茶を淹れてくれている間に、紙面に目を落とした。
広告欄を流し読みして、雑学の
続いて目に入るのは、歴史小説。連載物ではなく、歴史的偉人の秘話を物語形式にして面白おかしく展開している。小さく笑い声を立てながら読み終えて、さらに次へ。
見開き一面に現れたのは、連載物の目玉である大衆小説だ。達筆で記されたその題は『
実はこの小説に触発されて、澄も短編ではあるが物語をいくつか執筆した。それを『黎明』含む、いくつかの雑誌に投書している。いずれも結果は芳しくないのだが。
黒々とした鴉の挿絵に、今月はどのような物語が展開されるのかと、胸躍らせる。ちょうどその時、宗克が盆に湯呑と急須を乗せて
「みつ豆、ですよね」
雑誌を膝に置いて聞いてみたところ、宗克は少し得意気に胸を張ったようにも見えた。
「その一種なんだけど、これは最近流行っている甘味で、あんみつ、と言うらしい」
「あんみつ。あんことみつ豆、ということでしょうか」
「そうらしい」
どうぞ、と促されて、お先に一口いただく。黒蜜だけでも頬が落ちるほどに甘く美味なのに、その上あんこを乗せるだなんて。澄は耳の下辺りがつんと痛み、唾液が湧き出るのを感じて頬に手を当てる。
「美味しい。これ、考えた人天才ですよ」
澄の様子に、いても立ってもいられなくなったらしい宗克も、匙の上に寒天と豆と粒あんを絶妙な比率で乗せる。その匙加減、まさに玄人。そのまま一口大きく含んでから、彼は幸せそうに微笑んだ。
「これは。行列ができるのも納得だな」
惚れ惚れとした様子であんみつを眺める宗克に、澄は思わず笑みを漏らした。それに気づいた宗克は、だらしなく緩んでいた頬を引き締めて、咳払いをする。
「とりあえず俺はあんみつ食べてるから、君は気にせず『黎明』でも読んでてくれ」
客人を差し置き嬉々として匙を運ぶ様子を見るに、宗克は甘党なのかもしれない。
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