がらくた兵器をこしらえる

Ψ


「犯人は現場に帰る、と良く言いますから」


 澄のにせ許嫁いいなずけである園田そのだが、朗らかな調子を崩さずに言う。


 彼の人となりは、澄からそれとなく聞いていた。仕事が恋人。猫の糞を踏んづけても上機嫌。掴みどころがない。


 全て悪口であるかのようにも聞こえるが、彼を語る澄の口調には邪気がなく、それがさらに園田という男に不憫な印象を植え付ける。まさか自身が奄天堂家の有名人になっていることなど露とも知らぬ園田は今、意気揚々と工作をしているのである。


 畳の上には柄が折れた箒と塵取り。使い古した布切れに、書き損じの紙束。義真が味噌汁を干上がらせた際に穴を空けた廃品鍋と、欠けた茶碗……。つまりは家中の不用品がこの部屋に集まっている。


 いったい何を意図しているのかといえば、ずばり「怪人のぞき太郎」を仕留めるための罠を作っているのだった。


 園田の家は、路面電車でかなり東に向かった、潮干狩りの名所近くにあるという。決して近所とは言えぬ距離。にもかかわらず、陽が暮れた時分に奄天堂家に居座り怪人を仕留めようとしている訳は二つ。一つは純粋に、この近所に住む澄を案じているから。もう一つはただ、彼を待つ者が自宅にいないからだろう。


 とうに家庭を持っていて然るべき年齢なのだが、先ほど述べたような人柄も手伝ってか、四十を超えても相変らず独り身だった。だからこそ澄の偽許嫁に抜擢ばってきされたのだろうが。


 ともかく、現在この茶の間には、園田と義真と宗克がいる。なぜ客間ではないのかといえば、つい先ほどまでは、ご近所の青年らが、打倒のぞき太郎を掲げて集っていたので、客間だけでは収まりきらなかったのだ。


 日中までは、怪人事件など所詮は隣町の出来事であった。他人事と思い、気を抜いていた青年陣であったが、いざこの町に怪人が出たと知れば、何だかんだと言って、家族が心配になるものだ。ご近所の誰かが警察を呼んできて、一時は大騒ぎになったのだが、巡査は辺りを一通り見回って「異常なし」と判断すると、早々に帰ってしまった。


 したがって、ご近所同士で力を合わせ、奴を仕留めるより他ないのである。敵の第一出没地である上に、借家ゆえ住人の数の割にがらんとしている奄天堂家は、対策本部となるに相応しい場所だった。


 もちろん、夜が更けて、ほとんどの客人が帰宅するまで、騒がしいことを好まない義真は別室に籠っていた。幾らか静かになり、やっと茶の間に現れた義真は、鍋の穴に荒縄を通しながら、黙々と作業をしている。一方、園田はふわふわとした調子で、手と同時に仕切りに口を動かしている。


「いつも澄ちゃんがお世話になっているようで」

「いやいや、かの有名な天山てんざんまこと先生が澄ちゃんの家の近くにお住まいとは」

「先生、『還る鳥』はどういう結末になるんです? そういえば、年内で完結予定とか」

「空き枠になる小説欄には、素人さんの投稿作品を載せるらしいですね?」

「そういえば先生の初期作品、拝読しましたよ」

「あ、いつこちらに引っ越して来られたんですか」


 一方的に話かける図太い園田と、最低限の反応しか返さぬ極度の人嫌いを発揮する義真の様子を眺めていたら、何やら心が痛んできた。配慮がない兄の頭を叩いてやりたい気分にもなるが、園田の口を布で覆ってしまいたい心地でもある。


 それにしても、澄といい園田といい、天狗への偏見が一切感じられない。喜ばしいことではあるのだが、大迫の奥様がどれほど天狗を毛嫌いしているか身をもって理解しているので、何やら違和感を感じなくもない。


 宗克の疑問など知る由もない園田は、口を動かし続ける。


「先生、どうして『還る鳥』終わらせてしまうんです? 人気絶頂でしょう」


 ここまで捲し立てられれば、さすがの義真も鬱陶しげに口を開いた。


「書けないからだ」

「書けない?」

「あれは、死者が己を悼む家族や人間を訪れる話だ。死者は、成仏させてやらねば」

「なるほど。きっと、題材となった故人がいるんですね」


 案外鋭い指摘に義真は口をとざして、手元に視線を落とす。題材とは、言うまでもなく、智絵のことである。義真はそれを明言したことはないのだが、宗克はずっと昔から、あの主人公天狗に、智絵の姿を重ね見ていた。


 茶の間に訪れた重苦しい沈黙のとばり。どこかで、、と家鳴りがしたようだ。微かな音すら、鮮明に聞こえるほどの静寂。床を踏んだ音のようにも聞こえ、思わず「怪人が来たのか!」と叫びそうになるが、まさかそんなはずはない。気まずい空気の中でも、園田は相変わらず陽気である。


「ははあ、まあご事情がおありでしょうからね。それより先生、街の暮らしはいかがです? 夜も明るくて便利でしょう」


 話が行ったり来たりする園田。口調はのんびりとしていてきぬのそれに近いのだが、飛び出す言葉は五月雨さみだれのごとく止まらない。千賀の啄木鳥きつつき戦法と遠からぬ印象だ。


 義真は目に見えて顔を顰めてから、恥ずかしがり屋の少女のように俯いて、毛羽立った縄を指先でいじくり回す。心なしか翼もしゅんと項垂うなだれているようだ。


 今宵、茶の間は混沌に陥った。まるでこの場の真人間まにんげんが自分だけであるかのように思え、宗克は咳払いをして、軌道修正を図る。


「ところで、この罠たち、どこに設置します? 無作為に置いても仕方ないですよね」


 胡坐あぐらをかいた各々の膝元に、がらくた兵器が散乱している。このような工作にも性格が出るようで、義真の手元には、寸法がきっちりと整えられた作品が並び、園田の脛の上や腰の側には、あからさまに質より量を意識したとおぼしき完成品の山。二人の様子を観察ばかりしていた宗克の手中にはただ一つ。張りつめさせた糸に足先が触れるなり、欠けた茶碗が頭上に降って来るという、正真正銘の殺傷機能を有した兵器がある。園田は畳の上を見渡して、顎を撫でた。


「そうですねえ。のぞき太郎さんの動線上に配置しないと意味を成さないですよね」

「そもそも、か……怪人のぞき、太郎……の目的は何でしょう。義姉さんを覗き見していたのも、何か訳があるんでしょうか」

「隣町では熟女好きで通っているようですが、無論、きぬさんはまだお若いですからね」

「じゃあ別人?」

「それはどうでしょう。あんなのが二人いても恐ろしいだけですよ。ともかく、奴を誘導するために、きぬさんには力を貸していただく必要があります。よろしいですか、先生」


 話を振られた義真が、微かに眉根を寄せて顔を上げる。「つまり?」と目が訊ねている。じんわりとした圧を発する視線であったのだが、園田は宙に舞った羽根のようにそれをかわして、告げたのだ。


「奥様には、障子を開け放した、一番目立つ場所で療養してもらいましょう。いえ、心配には及びません。これらの武器を部屋中に設置しますから。あ、でも」


 園田は思い出したように、宗克の手に弄ばれた古茶碗を指差す。


「それはまずいですね。こちらが傷害事件の犯人になりかねません」


 意外にも的を得た指摘に、宗克は茶碗をひっそりと背後に隠した。

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