大きな柿が襲って来る

 ひんやりと静謐せいひつな夜の空気が、庭から流れ込む。月は下弦。半月の光は心許なく、物の影が辛うじて見える程度の闇の中、時折苦し気なきぬの寝息が耳に届く。


 宗克は、部屋の隅、押し入れの中で息を潜めて待機する。義真は屋根の上。園田は濡れ縁が見渡せる廊下の角で、気配を消している。


 大の大人が三人、いったい何をやっているのだろう。ふとした拍子に滑稽な気分になり、宗克は必死に笑いをかみ殺した。元より、緊張をすると笑いが込み上げるたちでもある。


 夜が更けるまで準備をしたのに、結局怪人さんが帰って来なければ。これほどの笑い話があるだろうか。いや、永遠に帰って来ないのが一番良いというのは分かるのだが、しかし。


 ふと、思い至ってしまう。もし今宵、何事も起きなければ、宗克は朝までこのまま狭苦しい押し入れに潜んでいなければならないのだろうか。


「いや、そんな馬鹿な」


 思わず呟いた声が想定外に大きく押し入れに反響し、慌てて口を閉ざす。その気配が鬱陶しかったのか、きぬが「うーん」呻いた。宗克は息を潜める。自分の鼓動が耳に痛い。


 不意に呼吸が苦しくなり、息を詰めるどころか止めていたことに気づき、細く息を吹き返した刹那。


「わ、わああ!」


 きぬの叫びだった。ちょうど、布団の上に嫌な虫を見つけた時のような、本物の恐怖とほんの少しの間抜けさを併せ持った叫び、というのが宗克の印象である。今宵は怪人が暗躍する晩だ。出たのか、と押し入れの戸を勢い良く引いて、宗克は畳の上に飛び降りる。


「義姉さ……」

「わあ、すごい大きな……柿。……ううん……」


 宗克は閉口する。布団の隙間から覗いてみれば、きぬは眉間に皺を寄せて悪夢にうなされているようだ。巨大な柿に襲われる夢……なのだろうか。


 締まりのない光景に、脱力する。義真はよく寝不足にもならず、毎日鶏のように早起きができるなと、感心するほどの大きな声であった。まあ、園田の話を半分以上聞き流していた兄のことである。きぬの寝言くらい、耳に蓋をして遮断することくらい、朝飯前なのかもしれない。


「柿……食べきれない……」


 確かに庭の柿はいっこうに無くならない。きっと取りきれずに、枝の先で腐らせてしまうだろう。宗克とて、もったいないとは思うのだが、まさか夢にまで見たりはしない。きぬがまた一つ呻く。あまりにも苦しそうなので、宗克はきぬの肩を揺すった。


「夢ですよ。起きてくださ」


 宗克の呆れ声は、不意に響いた落下音に遮られた。続いて、季節外れの風鈴が複数、激しく鳴る。『対怪人のぞき太郎用がらくた兵器』が、次々と作動しているようだ。廊下から、園田の足音が響いた。


「宗克君、出ました。奴が!」

「え、どこ」

「あちら! 挟み撃ちにしましょう」

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