旅行者、毒を吐く
Ψ
「
義真は思わず眉根を寄せ、きぬはいつになく俊敏な動作で、腰を上げる。
「
顔中に満面の笑みを浮かべ、玄関へと小走りで向かう。お客様が来る日だから、と鮮やかな紅色の着物を纏ったきぬ。薄っすらと格子柄が浮かぶ袖が、障子の向こうに消えるのを目で追った。
宗克が「良く似合う」と褒めれば、照れて笑う姿が愛おしい。その思いが口はおろか、顔色一つにも出ない己の性分が
玄関であれやこれやと
「だいぶ賑やかな人なんだな」
宗克が耳打ちし、義真は頷く。宗克は千賀と
「義真さん、宗克さん、お二人が来てくださったよ」
旅行者天狗の老夫妻を客間に通した後で、きぬは障子の角から首から上を覗かせて、こちらに微笑んだ。宗克が腰を上げたので、義真もやや遅れて本を置いた。
客間では千賀が、早くも
「千賀さんはね、膝を痛めていらっしゃるの。こんな遠くまで来てくれて、ありがとうございます」
ああ、それで、と宗克が腑に落ちたように頷くのだが、きぬのさり気ない気遣いを察することなく、千賀は毒を吐く。
「ほんと
「車椅子とか、杖を使う方が多いと思います」
「面倒なことだね!」
鼻を鳴らして言ってから、何の脈絡もなく宗克に視線を向ける千賀。柄にもなく宗克はたじろいだようだった。
「で、あんたが義真の弟かい」
「あ、はい。小山宗克です。兄と義姉がお世話になったようで」
「あたしは
「ええ、まあ……」
さすがに返答に
「それで、旅程は」
訊いてみれば、案外几帳面な
「まずはね、人間の街で流行っているハイカラなものが食べたいね。洋食かな。あとは、夏祭りにも行ってみたい。それと、島国一高い眺望用の塔があるだろ、なんてやつだけ、自動で上まで上がれるらしいし」
「電動式
「そうそれ」
なるほど、ただ純粋に観光に来ただけだったのか。突然の来訪申し出だったので、何か裏があるのではないかと
……いや、本当にそうだろうか。改めて思案してみたのだが、千賀の行動は常に突拍子ないので、その行動の背景を探ることなど、無意味であるようにも思えて早々に止めた。
その晩は千賀の要望通り、街の洋食屋に出かけた。
義真はもちろん、きぬも宗克も俊慶も、店主の手前、お品書きへの感想など口にはしなかったのだが、案の定千賀は「ごちゃごちゃとして騒がしい店だね」などと口走っていた。
一番
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます