大根をぶった切るかの如く
きぬが部屋に戻った頃には、澄はすでにめぼしい
指先の陰、微かに紙面に見えたのは、正月らしい挿絵。門松とお雑煮とお
「最終回、どうだった」
「あ、はい。面白かった……ですけど」
「けど?」
澄はやや口ごもってから、声を落として言った。
「賛否両論、あるかもしれません」
作者の自宅である。本人の姿は見ていないとは言え、義真の所作は静かなので、いるのかいないのか判然としないことがある。澄が気遣わし気にこちらの顔を覗き込んだので、きぬは微笑んで首を振った。
「いないから大丈夫だよ。賛否両論ってどうして?」
「一言で言えば、結論出ず、です」
「結論」
呟いて、前回までのあらすじを
そもそもの物語は、天狗の女性ハナが、不慮の事故で亡くなってしまうという衝撃的な場面から始まる。ハナは気立ての良い娘で、村の人気者である。翌月には好いた男との
そのまま鳥として成長するハナ。天狗であった頃の記憶は
月日が過ぎ、元天狗鴉と、元家族、元友人らの心温まる交流が続く。人々はまさかこの懐っこい鴉がハナだとは思わないのだが、両者の間には確かな情が生まれていく。しかし、鴉という生き物は一般に、畑を荒らすのだ。農村の大敵である。ハナは、彼女を快く思わない住民らの手によって、村を追い出されてしまう。
しばらくして、元許嫁の弟が急病に罹ったことを聞きつけ、隣町から医者を呼び寄せるために、再度村へと向かうハナ。その際に、許嫁であった男に正体を勘付かれてしまったのである。
男はハナの死を乗り越え、別の女性と祝言を挙げる予定だったのだが。ハナが側にいると知った今、果たしてどのような決断をするのか……。
と、ここまでが前回のお話であった。元々『還る鳥』は、鴉と人の日常を描く温かな物語である。それが、ハナが村を追い出される辺りから、ここ一年ほどで急展開を見せており、これがまた、人気に拍車をかけていた。その集大成である最終話。結論出ず、とはつまり不完全燃焼か。
「きぬさんも読んでみてください。私は、想像を掻き立てるこういう最終話も好きですけど……。いえ、投書で佳作の私なんかが言える立場にはないですよね」
「そんなことないよ。私なんて、筆を持つだけで気分が滅入っちゃうくらいだし」
言って、雑誌を受け取る。最終回は見開き一頁。相変らず
美しい景色と、心揺さぶる天狗と人間の感情の機微が、まるで大根を真ん中から包丁で叩き切ったかのように途切れている。そんな印象だった。
綴られた最後の一段落。祝言の朝、朝靄の中、男は家を出る。「彼女のところへ行こう」、それが最後の言葉だった。彼女とは誰なのか。妻となる女性なのか、それとも深く愛し合ってきたハナなのか。はたまた、話の途中に出て来た全く別の者のことなのか。想像にお任せします、と言われているかのようだった。
これがただ、顔も見たことのない作家が書いたものならば、それほど深くは思い悩まなかっただろう。しかし、これを綴ったのは義真だ。きぬは思い至る。『還る鳥』をこんな尻切れ
「あの、きぬさん?」
澄に顔を覗き込まれて、自分が紙面に目を落としたまま石になっていたことに気づく。慌てて平静を取り繕い、きぬは意識して口の端を上げる。
「ぼうっとしてしまってごめんね。うん、澄さんが言う通り、ちょっと物足りないかも。なんだろう。次が最終回、みたいな感じ」
「やっぱりそう思いますよね。続きが気になるんです。奄天堂さんも意図があってこういう展開にしたんでしょうけど……。きぬさん、機会があったら先生に、続き書いてくださいってお願いしてみてください」
きぬは曖昧に微笑む。見た目に
聡明な澄は、きぬの様子から何かを感じ取ったようだったのだが、彼女が口を開く前に、玄関で戸を引く音がして、質問の機会は失われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます