茶柱も太刀打ちできない

 客間で一通り事情を聞き終えて、宗克が総括をする。


「それじゃあ、澄さんは学校にも行けず、半ば幽閉状態ですか。壽々子すずこさんの命令で」


 澄は来月、女学校を卒業をする予定である。それなのに残り少ない学生生活、級友にも会えず一人寂しく部屋に閉じ込められている。全ては彼女の母、大迫壽々子の指示だという。園田は頭を掻きむしって項垂うなだれた。


「僕がいけないんだ。先日澄ちゃんから投書の件を聞いて嬉しくなってしまって。つい清嗣せいじさん……澄ちゃんのお父上に「黎明」のことを漏らしてしまったんです。そうしたら、たまたま壽々子さんが近くにいたようで耳に入ってしまって。もう激怒して手が付けられなくて」


 結果、壽々子は娘を部屋に閉じ込めて、小説を書くための紙と筆を奪ったのだという。


 園田は捲し立ててからいっそう肩を窄めて、手の中にある湯呑をうつろな瞳で覗いている。茶柱が立って番茶の薄緑色の中を上下に揺れていたけれど、些細な幸福程度では、園田の絶望を癒すことはできないようだ。


 そして、話を聞く限りでは、この度の件の落ち度はほとんど全て園田にあるようだ。励ましの言葉選びも困難を極める。きぬは困り果てて宗克に視線を向ける。義弟も言葉が出ず、首を振っただけだった。


「壽々子さん、澄ちゃんの創作活動を受け入れている僕に対しても怒っていましてね、婚約は解消ですって。代わりに、昔立ち消えた縁談が復活してしまって。結局相手は、前回の見合い相手の親族に変わったのですが、どちらにしても僕としては、何としても阻止したいと思っているのです」

「どうして阻止したいんです?」


 宗克の問いかけに、園田は顔を上げた。温厚な園田にしては珍しく、その顔には嫌悪がありありと浮かび上がっていた。


「噂ですが、元々縁談があった青年、素行が悪いらしいんです。男は西方の職人連の若旦那だったかな。分家だけど、一族揃って木蝋もくろうを作って一儲けしたらしい。若旦那、家庭内での問題行動が過ぎるんですって。さすがに清嗣さんの一声で破談になりましたけれど、今度はそいつの従弟いとこに見合い話が回ってきてしまって。その従弟とやらも、性根が腐っていると話題で」

「そんな不穏な一族に、澄さんを任せられませんね」

「そうなんだよ、宗克君。だからこそ僕が偽許嫁の役目を拝命していたのだけれど……壽々子さんに全部ばれてしまった」


 園田は再度、湯呑に目を戻す。あまりにも項垂れているので、湯呑の中に吸い込まれて消えてしまいそうな錯覚を覚えたほどだった。


 きぬは園田の手元に落雁らくがんの皿を差し出した。甘い物でも食べて元気を出して欲しい。園田が梅の花型の菓子を一つ口に含んだのを見届けて、きぬは言う。


「それにしても、どうして園田さんはそのことを知ったんですか。ほら、澄さんはお家から出られないはずですよね」

「ああ、それは」


 園田は菓子を嚥下して、懐を探って封筒を取り出した。かなり雑に破られている切り口から、水仙が描かれているとおぼしき便箋がはみ出している。


「お手紙貰ったんですよ。澄さんから。といっても、もちろん直接僕に宛てた物なんて壽々子さんが許さないでしょうから、お友達経由で届きました」


 紙をひらひらとさせて、園田は続ける。


「大迫家には女中の光江みつえさんという方がいるんですが、澄ちゃんを不憫に思ってくれているようで、せめて学友との手紙のやり取りくらいはと、壽々子さんには秘密で仲立ちをしてくれているようなんです。友達に宛てた手紙にね、僕宛ての封筒と住所が入っていたそうで、その子たちがわざわざ届けてくれたんですよ。ふっくらした女の子と、切れ長の目の女の子でした」

「光江さん、澄さんならそのくらいするって想像つかなかったのかな」


 宗克の呟きに、園田は封筒を仕舞いながら答えた。


「僕が思うに、彼女はこちらの陣営ですね。澄さんがこうするだろうことをわかっていながら、あえて目を瞑っているんです」


 きぬの脳裏に、女中光江の姿が浮かぶ。壽々子がきぬに冷たい視線を寄越す時にはいつも、恐縮したような顔をしていた女性だ。心根の優しい人なのだと思う。


 まずは澄を幽閉から解放し、野蛮な男との縁談を破談にせねばならない。そうだとすれば、大迫のお屋敷に一人でも味方がいるというのは心強い。ただし、光江にも立場がある。主人である清嗣や壽々子に歯向かって、大々的に澄の肩を持つことはできないだろう。


 きぬは思案しながら湯呑を覗き込む。茶柱が二本だ。園田の湯呑には一本だったので、なんだか申し訳ないなどと、緊張感のないことをぼんやりと考える。……いやいや、今はそれどころではない。


「それじゃあ、どうやって澄さんを助けたら」

「それですがね、実は僕に良い案が」


 しおらしかった園田の顔が、一転して明るくなった。どうも園田には、年齢に見合わず無邪気な一面がある。どこか宗克に近い物を感じるきぬである。


「良い案?」

「ええ、二人ともお耳を拝借……」


 園田はきぬと義真の耳に、作戦を囁く。全て聞き終えてみれば、あまりに突拍子もない提案だ。きぬはただ目を丸くし、宗克は苦い物でも口にしたような顔をしていた。


 ちょうどその時、書斎に用事があったらしい義真が通り過ぎ様にちらりと客間を覗き込んだのだが、面倒臭そうな気配を瞬時に察したらしい。人付き合いが嫌いな天狗は何も見なかったかのようにきびすを返し、そそくさと書斎の中に吸い込まれていったのだった。

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