鴉と菊と墓石
この里の共同墓地は山の麓、
土葬の
道中は幾らか打ち解けた様子だった二人。けれどもいざ智絵の前に立つと、どちらからともなく口を閉ざす。
すん、とイチが微かに
義真にとって、智絵は過去の象徴であった。それではイチにとってはどうだろう。その答えはわからぬが、きっと今でも彼らの胸の中には、智絵が住んでいるのだろうと思った。
空気を打ち破ったのは、人ではない。不意に羽音が木々の間に響き、一羽の
「見て、あの鴉。何か
山里の鴉は都会のそれよりも、やや細身である。とはいえその
「寒菊を咥えているのね。まるで人みたい。お墓参りの真似事かね」
まさか、そのようなことはないだろうと思う。墓地に菊という、いかにもな組み合わせを滑稽に思ったらしいイチが、小さく笑い声を立てた。未だ目尻に涙を溜めてはいたが、少しは気が紛れたようで、義真としても安堵する。同時に義真は、妙な錯覚を覚えていた。これは、何かの導きではないか。
鴉の黒々とした瞳が、義真をじっと見つめている。創作の中、鴉は智絵だった。『還る鳥』のハナは、智絵のもう一つの姿なのだ。しばらく見つめ合った後、鴉が突然土を蹴り、飛翔する。義真は思わずそれを追っていた。
「あ、義真ちゃん?」
「小母さんすみません。少し寄り道をして行く」
一方的に宣言をして、義真は走る。鴉は義真がついて来るのを理解しているようで、まるで道案内でもするかのように、のんびりとした速度で滑空していた。
鴉が向かったのは、日当たりの良い山の斜面。墓地から見て桑畑の逆側。遠目にもぽつぽつと見える黄色が目に鮮やかな、寒菊の自生地だ。咥えていたのはここの花だろう。
智絵は、黄色が好きだった。この自生地は暖かいので、晴れた冬の昼には智絵や他の子供らと、頻繁に日向ぼっこをした思い出の場所だ。
義真の胸を、郷愁が締め付ける。鴉はもちろん天狗を道案内する意図などなかったようで、とうにどこかへ飛んで行ってしまった。けれども義真は花々の群れから視線を外せない。ゆっくりと思い出の中に身を沈めようとして……、脚が止まる。
寒菊の間に途方にくれたように蹲る、小さな背中がある。それは微かに嗚咽を漏らし、小さく震えていた。義真は息を吞む。榊原の義父、
彼らにとっても、この場所はきっと、亡き娘との思い出の場所なのだろう。見てはいけないものを目にしてしまった罪悪感が湧き起こる。義真は静かに
不意に鴉が一声鳴いて、良三が緩慢な動作でこちらを振り向いた。過ぎ去りし日々に思いを馳せていたのだろう、ぼんやりとした眼差しが義真を映し、驚きの色を宿す。それから、己が無様にも涙を流していたことを思い出したらしく、慌てたように顔を伏せ、不機嫌に言い放つ。
「何しに来た」
義真は返答に窮す。鴉について来た。ただ、それだけだった。答えるべく言葉は持ち合わせていない。小さく会釈して、来た道を引き返す。その背中に、有無を言わさぬ声が突き刺さる。
「義真」
呼び付けられて、自然に脚が止まる。肩越しに振り返り、義父の様子を窺った。良三は昔から偏屈で有名だ。義真は幼い頃から、彼が苦手であった。今や義真の方こそ偏屈天狗になったにもかかわらず。
良三は赤い目で義真を睨む。それから、拒絶を許さない口調で命じる。
「ここへ」
思わず顔を顰めそうになったのだが、辛うじて持ちこたえ、義真は寒菊が
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