第44話 戦闘
「その子を離して投降して下さいませんか? そして、ハイランド兵としての恥を知って下さい」
リーシャは厳しい声色で脱走兵達に言った。
だが、脱走兵達はもちろんそんな言葉に従うはずがない。むしろ、彼らはそんなリーシャとヴェーダを見て滑稽に思い、笑い転げていた。
「どこの貴族のお嬢様か知らないが、その人数でどうしよってんだい? それとも、食い物がねえからこの女どもで許せってか?」
「そりゃ良いな! どっちも極上だし文句ねぇ! 今回はこれで許してやるぜ!」
相変わらず彼女達をバカにした様子で、脱走兵達は下品な目つきでリーシャとヴェーダを見る。
「無礼者……この様な振る舞いを、国王が許されると思っているのですか!」
リーシャは怒りのあまり手が震えていた。この様な低俗な人間がハイランドの兵に居た事が信じられなかったのだ。
高貴な父に仕える兵士達も、父と同じく高貴な人柄な者達であると信じていた。しかし、蓋を開ければ末端は山賊と同じである。それが、彼女にとってはショックだったのだ。父が築いてきたハイランドという国が、身内によって穢された気分になったのである。
「落ち着きなさい、リーシャ。冷静さを失えば、雑魚に足元を掬われる事もあるわ」
ヴェーダが敵から視線を逸らさず、小さな声で王女に話しかける。
リーシャはその言葉にはっとして、息を飲む。その通りだ、と思った。今の自分は明らかに冷静さを失っている。
「いいこと? 戦闘と訓練は違うの。その場に吞まれたら負けと思う事ね。あとは……そうね、多少手加減はしてあげなさい」
「え? どういう──」
「前を向いて。くるわよ」
エルフ娘の言う事の意味がわからず問おうとしたが、脱走兵がこちらに向かってきてしまった。
初めての実戦である。リーシャは息を吐いて、腰から〝マルファの聖剣〟を抜き放った。聖なる水晶の剣は魔法の光を放ち、その存在感を大いに示す。
「魔法の剣所持者かよ! こいつぁいい、売れば金になりそうだ!」
リーシャを外見で判断してしまったのだろう。脱走兵は特に警戒もなくリーシャに飛び掛かった。
しかし、次の瞬間──相手の振り上げた腕から、鮮血が迸っていた。続け様に、脚からも鮮血を吹き出し、男は悲鳴を上げながら地面に倒れ込んだ。
無論、敵を斬りつけたのはリーシャだ。いや、〝マルファの聖剣〟が自らの意思で斬りつけたというべきだろうか。剣がまるで意思を持って動いたかの様に、相手の手首と脚の腱を斬っていたのである。
〝マルファの聖剣〟とは、マルファ=ミルフィリアが自らを守る為に創った神々の武具の一つだ。聖剣は自らの血族を守る為に、その力を発揮する。細腕のリーシャでも、この聖剣を持つ限り、脱走兵などに遅れを取る事はないのだ。
おそらく、ヴェーダの先程の『手加減をしろ』というのは、この事を言っていたのである。
「な──⁉ この小娘、何をしやがった!」
もう一人の脱走兵も本気になって攻撃を仕掛けるが、聖剣がリーシャの意思よりも先に彼女を守り、敵の剣を弾き返す。そして、続け様に放った剣撃が脱走兵の胸元を斬り裂いた。
脱走兵は鎧を纏っていたはずであるが、まるで羊皮紙でも切るかの様に、鎧ごとすぱっと斬ってしまった。
「こ、この小娘、強いぞ! 何者だ⁉」
男達もリーシャ達が只者ではないとわかり、一旦距離を置いて、剣を構え直す。
一方のリーシャは、あまりの剣の強力さに自分が一番驚いてしまっていた。
彼女とて王族であり、あのジュノーンと剣を交わした〝賢王〟フリードリヒ大王から剣術を教わっている。剣の腕には通常の人間よりは自信があったが、予想を遙かに超えた聖剣の斬れ味に自分でも驚きを隠せなかった。
(凄いです……これが聖剣の力なんですね)
淡く光る魔法の聖剣を見て、リーシャは感想を漏らした。
(ですが、この剣は強力過ぎです……これでは人を殺めてしまいます)
先程聖剣で斬りつけた二人を見て、王女は息を飲む。
一人は手首と脚の腱を斬られて戦闘不能、もう一人に関しては放っておけば死に至る様な大怪我である。なるべく殺しは避けたかったリーシャとしては、聖剣をあまり使いたくはなかった。
(これならまだ、加減のできる聖魔法の方が良いのかもしれません)
リーシャは、聖魔法とは人を救う為のものであると教わっていた。まだ、自らの強大過ぎる魔力で攻撃の聖魔法を用いれば人がどうなるのかもある程度予測はつく。その為、人を傷付ける為の魔法は使うべきではないと自らを戒めていた。
しかし、今はそうとも言っていられない。
(マルファ=ミルファリア様。人を傷つける為に聖なる力を使う私をお許し下さい)
リーシャは剣を収めてから目を瞑ると、そこでふっと自嘲的な笑みを浮かべた。
(……なんて。今更よくこんな事が言えますね、私も。前は躊躇しようとも思わなかったくせに)
青髪の少女は、ほんの数日前の事を思い出す。
そう、ジュノーンを助けに戻った時だ。彼女はあの時、かの青年を救い出せなければ、自らの力を解放してでも彼を助けようと考えていた。自らに課した非暴力の誓いを破って、聖魔法を用いて敵を殺めてでも彼を助けようと思っていたのである。
あの時の自分を思い出せば、如何に非暴力が幻想であるかを思い知る。主義や理想だけでは、守りたいものを守れない時があるのである。
(きっと、あの時の私が正しかったんですよね)
青髪の少女はカッと目を見開いて、指先で五芒星を結んだ。
(だから私は……守りたいものを守る為に、力を使います)
そうして彼女は、手のひらを脱走兵に向けて、魔力を放った。
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