第73話 宣言
その胸には、ハイランドの将軍職にのみ付与される勲章がつけられている。この勲章を見る度、ジュノーンは自分がハイランドの人間になったのだな、と自覚する。
それから間もなくして宴の準備が整い、会場まで案内されたジュノーンの視界に真っ先に入ったのは、いつもと違うリーシャだった。彼女は砂漠の民のドレスを身に纏っていたのだ。
そのドレスは胸元がV字型に広く出されており、彼女の肩の端に繋がっていて、白く綺麗な肩がさらけ出されている。光沢のある布に、刺繍やビーズを一本一本差し込まれてあり、繊細な造りになっていた。加えて、頭からドレスと同じ色の薄いショールを被っている。
青色というリーシャの印象を最大限に活かしたドレスに、思わず目を惹かれた。
「どうでしょうか……? 似合っていますか?」
リーシャはジュノーンを見つけるや否ら、少し恥ずかしそうにしながら訊いた。
「ああ、とても似合っているよ。俺だけリーシャのドレス姿を見たとフリードリヒ王に知られたら、打ち首になるかもしれないな」
ジュノーンは視線を彼女から逸らしてそう答えた。
下半身はドレススカートでしっかりと覆われているものの、普段より上半身の露出が多い。彼女の柔肌を見ると、何だか見ては行けないものをみてしまったかの様な気持ちになってしまうのだ。
「本当ですか? 他の女性方に負けてないでしょうか……?」
リーシャは周囲にいる宴の参加者の女性達をチラチラ見た。
皆、リーシャの様にケシャーナ風ドレスを纏っていた。
「大丈夫、リーシャが一番だよ」
ジュノーンは少し恥ずかしい気持ちになりながらも、本音を言った。リーシャも小さな声で「ありがとうございます」と御礼を言ったものの、顔を真っ赤にしている。
もしフリードリヒ王がこの光景を見ていたならば、これだけで打ち首ものだっただろう。
「その、ジュノーンは何をしていたのですか?」
恥ずかしさを紛らわす為か、リーシャは話題を逸らした。
「あの物好きな国王の剣の相手、さ」
ジュノーンは思い出すだけでうんざりだ、という表情をした。
「どちらが勝ったんでしょう?」
ジュノーンは答えずに、顎をしゃくって宴の挨拶の準備をしているバルクークを指した。
「そうなんですか! それは驚きました。あの方は、ジュノーンよりも強いんですね……」
リーシャは感心した様子で
実際、ジュノーンは内心悔しさで溢れていた。何回か仕切り直して、その全てで惜敗したのだ。
切り札である黒炎を使わなかったとは言え、一対一での勝負で剣の腕で圧倒された事はなかった。ジュノーンとしては、敗北感が拭えない。
あのバルクークという男は、〝剣匠〟という異名も持っているそうだ。だが、そうとわかっていても一度も勝てなかったのは悔しい。おそらく、あの王も火竜を見せつけられて圧倒された事への仕返しもしたかったのだろう。
ジュノーンは恨めしい視線をバルクークに送るが、その人物は知ってか知らずか、にやりと笑みを返しただけだった。
「それでは、皆の者。今日は急な宴にも関わらず集まってくれて嬉しく思う」
バルクーク王が少し声を張り上げ、宴の挨拶を開始した。
「皆も噂は聞いていると思うが、本日は遠い北国のハイランドから王女殿下と〝竜騎将〟殿が、我が国への同盟の使者として来てくれた。ハイランドからの使者が来る事は、ケシャーナ朝始まって以来の事であり、歴史的な一日になるであろう」
スルタンは一端言葉を区切ってあたりを見回してから、続けた。
「そして、我らハイランド=ケシャーナの〝竜砂同盟〟が成立した日でもある」
バルクークの言葉に、会場がざわついた。
ジュノーンとリーシャも当然目を合わせる。彼らも今の今まで同盟については何も聞かされていなかったのだ。
「ハイランドは長らく山にこもっていたが、偉大なる竜騎士の復活を果たした。そして、こうして我が国を同盟国として選んでくれたのだ。かの国の敵は、我らの敵でもあるローランド帝国。我々としても、手を組まない理由がない。これからハイランドとは同盟国として、共にローランドと戦おうと思う。今日はその前祝いだ。後で非番の兵士達も参加するよう伝え、今日という日を十分に楽しんでくれ!」
最後に乾杯、という言葉と共に、皆も杯を掲げたてから、宴が始まった。
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