第74話 樽俎(そんそ)

(まさか、ケシャーナ朝がローランドを敵視していたとはな)


 国王スルタンの宴演説を聞いた時、ジュノーンとリーシャは驚いたものだった。ケシャーナ朝がローランドを憎き敵として見ていたのは初めてだったのだ。

 表向きは、ローランド帝国とケシャーナ朝は交易も行っているし、敵対関係にはなかったはずである。少なくとも、国家間の仲が悪いという話は聞いた事がない。しかし、宴に参加している諸侯や騎士達もその話に対しては特に反応していない事から、バルクークの言った事は彼らにとっての共通認識なのだろう。


「返事はあれでよかったか?」


 宴の開幕の挨拶を終えたバルクーク王が、早速ジュノーンとリーシャのもとに杯を交わしに来た。


「あの様な御言葉を頂き、ハイランド国王女として光栄に思います。ありがとうございます、バルクーク王」

「なに、構わぬ。元よりローランド侵攻は頭の片隅にはあった。こちらからすれば、渡りに船だ。それよりも、予想以上にケシャーナのドレスが似合っているな、王女よ」

「え⁉ あ、ありがとうございます!」


 リーシャは恭しくドレスの裾を摘み、礼をした。


「ふむ……どうだ、同盟の暁に嫁に来ないか?」


 バルクークの言葉に、リーシャとジュノーンは同時に咳き込んだ。

 それを見て、王は面白そうに笑った。


「冗談だ、安心しろ。そんな事を言い出せば、くあの火竜が今すぐここに攻めて来そうだからな。それに、その美しいドレスはおそらく俺の為に着たものではあるまい」


 国王スルタンはジュノーンの方をちらりと見て笑う。

 必然的に銀髪の青年は不服そうな表情をし、青髪の王女は顔を赤らめて下を向いた。


「これはこれは……仲睦まじい様だな。〝賢王〟フリードリヒ大王もさぞかし安心だろう」


 バルクーク王は愉快そうに笑っているが、さぞかし安心なものか、とジュノーンは思うのだった。彼からすれば、こんな話題を聞かれただけでも極刑にされてしまう可能性があった。決して、笑い話ではない。


「それはさておき……先程剣を合わせて確信したが、お前はローランドの〝黒き炎使い〟だろう?」


 バルクーク王は表情を変えて、少し声を潜める様にして話す。


「……どうしてそれを?」


 ジュノーンは素直に驚いた。

 まさか言い当てられるとは思っていなかった上に、〝黒き炎使い〟がケシャーナ朝にまで広がっていたとは思わなかったのだ。


「なに、さっきも言ったが、ローランド侵攻は近い将来考えていた。密偵も送って交易と同時に情報も得ていたのだ。そんな中で要注意武将として挙がっていたのがお前の名だった。そんなお前がハイランドに亡命して竜騎士となってケシャーナに同盟の使者として来るのだから、世の中は不思議なものだ」


 数奇の運命というものは確かに存在する。

 ジュノーン自身、僅か数週間でここまで人生が変動するなど考えてもいなかったことだった。


「それについてですが、どうしてローランドをそこまで敵視するに至ったのですか?」


 リーシャが尤もな疑問を口にした。

 ケシャーナ朝がローランドとの交戦を考えていたのは、元ローランド国民のジュノーンですら知らなかったからだ。


「最近ローランド側がこちらの食糧不足の足下を見て、輸入品に暴利を貪るようになっていてな……ここ数年でえらく態度を変えたものよ。昔は友好的な国だったのだがな」

「なるほど……」


 おそらくそれはマフバルが宰相についてからの話だろうとジュノーンは思った。

 ジュノーンの実父──ディナルド=シュルツ──が前王に意見していた時代は周囲の国々とは上手くやっていた。

 しかし、前王が死去し、息子のウォルケンス王が王位継承してからは大きく変わった。ローランドはその豊かな資源と物資から、内外共に高圧的になっていったのだ。元来小物であったウォルケンス王もマフバルの助言により調子に乗り始め、今やマフバルの言うがままである。


(今まで考えた事もなかったが、内外から得た収入は、本当に貴族が私腹を肥やす為だけだったのか? もしほかに何か使い道があったとしたら?)

 

 リーシャ達からの〝密儀教〟の話を聞いた後では、ジュノーンとしては色々と勘ぐりたい事も生まれてきた。

 ハイランド、ローランドの両国の間だけでも、その〝密儀教〟というものはどれだけ広まっているのか、全く定かではない。そしてそれは、このケシャーナ朝にも同じ事が言える。

 それらを考えはじめると、ジュノーンは絶望的な気持ちになった。

 あまりにも敵の全体像が見えなさ過ぎている。敵の親玉、それは闇の神としても、人間の身でその最高位にいる指示者、或いは神託を受けている者がいる。それが誰なのか、想像もつかない。

 その見えない敵と戦いながら、リーシャは各精霊から聖櫃を集めて回らないといけないのだ。

 だが、各精霊から聖櫃を受け取るにせよ、まずはローランドを何とかせねばならない。ハイランド=ローランドを平定させてからでないと、何も始まらないのである。

 その為にも、このケシャーナ朝の国王スルタン・バルクークの助力はなんとしても必要だった。


「そろそろ砂漠の民も限界だったしな……こちらも食糧獲得の為の戦を仕掛けるしかなかった。そんな時にローランド北のハイランドから同盟の話だ。南方領土をくれるのならば俺達も十分に甘い蜜を吸わせてもらうぞ」


 同盟の条件として、ハイランドは緑豊かなローランドの南部領土をケシャーナ朝に譲るという旨が記されている。

 ケシャーナ朝としても、喉から手が出る程欲しい砂漠以外の地だ。これには乗ってくるだろう。


「それは、陛下の御心のままに」

「具体的に戦はいつから仕掛ければ良い?」


 バルクーク王が訊いた。


「おそらく、我々ハイランドがローランド国境に攻め行るのは早くても半月後です。その時までにローランド南地方へ侵攻して下さい。ローランドはハイランドへは多く兵を割いておりますが、ケシャーナ朝方面にはあまり多くの兵を置いておりません。南側の拠点を押さえれば、あとはそこで帝都に対して睨みを利かせて下されば……」


 後はハイランド側が制圧致します、と〝竜騎将〟が付け足した。


「なるほど、なかなかに急な用件だな。承知した。なるべく早くに侵攻するとしよう。それでは、ささやかではあるが本日の宴を楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」


 ジュノーンとリーシャが頭を下げると、バルクーク王は宴から席を外した。おそらく、戦に向けて考えをまとめに別室に移動したのであろう。

 

「とりあえず……交渉は成立ってところか」

「そうですね。使者としての役目を果たせて、ほっとしています」


 国王スルタンが姿を消して、ようやく二人は安堵の息を吐いた。

 国の王を前にする緊張は、果てしない。何か失言があれば、それだけで同盟が取り消されてしまう危険性があるのだ。

 王が宴の間を退出したタイミングで、料理が運ばれてきた。テーブルの上には砂漠の料理で彩られている。昨晩から何も食べていない二人にとっては、堪らない。

 

「じゃ、まあ……国王の言葉に甘えて、今は楽しむか」

「はいっ! ケシャーナのお料理、早く食べてみたいです!」


 二人は笑顔を交わし合って、早速砂漠の料理が並ぶテーブルへと赴くのであった。


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『学校一の美少女がお母さんになりました。』

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 二年連続入賞目指して頑張りますので宜しくお願い致します!!

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