第72話 竜観②
「もう十分だ。竜を帰してくれ。城内の収集がつかん」
ジュノーンは王のその言葉に一礼すると、同時に火竜は空へと舞い戻った。
それを確認すると、バルクークは声を張り上げて落ち着くように命ずる。徐々にだが足を止め、バルクークの言葉に耳を傾ける兵士や文官達が増えてきた。それから暫くすると、混乱が落ち着きを見せる。火竜を見てから落ち着くまでの時間は、ハイランドの王宮でお披露目をした時よりも早かった。
それから間もなくして、砂漠の国の王は『ハイランドからの使者をもてなす宴を開く。準備せよ』と城の者達に命じた。
使いの者達からすると、さっぱり意味がわからなかったが、よくある王の気まぐれなのか、早速準備に取りかかっていた。実に対応力のある城内だ。おそらく、普段から王の気分に振り回されているのだろう。
「さて、宴の準備まで少し時間がある。リーシャ王女には何かドレスをお貸ししよう。砂漠の国の装飾がお気に召すかどうかはわからんが……」
バルクークの言葉に、リーシャは嬉しそうに顔を輝かせた。
「本当ですか? 私、先ほどから女性方のドレスが綺麗だなと思っていまして……それが着れるなんて、嬉しいです」
「ほう、それはよかった。では、そちらの侍女に案内させよう。好きなものを選ぶがいい」
「はい、ありがとうございます。国王陛下」
リーシャは嫣然と笑って一礼すると、そのまま近くの侍女に促されて付いて行ってしまった。
「あ、おい……」
引き留める間もなくいってしまったので、ジュノーンは思わず呼び止めようとする。しかし、「まあ、良いではないか」とバルクークに止められた。
「あれくらいの年の子はお洒落もしたがる。それに、惚れた男の前では美しくありたいというのが女の性だ」
「はあ……」
どうやらリーシャとの関係性が少し見抜かれつつあるようだと感じたが、ジュノーンは何も応えなかった。彼が気にしていたのはそこではなかったからだ。
「それとも、俺がリーシャ王女を人質に取ると考えたか?」
ジュノーンが気にしていた事はまさしくそれだ。ジュノーンからすれば、このスルタンの考えこそ読めなかったのだ。同盟を結ぶ気なのか、竜を前に敵視するのか、まだそこも読めなかった。
使者としての役目はもちろん、リーシャの安全についてもジュノーンは任されている。例え少しの間でも、彼女とは離れたくなかった。
「安心しろ。俺は決してそんな卑怯な真似はせん。それに、今お前達と揉めてあの化け物に攻撃もされたくないからな」
バルクークは「あの火竜と戦う事を考えただけでもぞっとする」と苦笑いを洩らした。
「これからあの火竜と戦う事になるであろうローランドには同情すら覚えるぞ」
スルタンはそう言って大笑しているが、ジュノーンは笑えなかった。
万が一があっては困るし、ローランドの次に今度はケシャーナ朝にリーシャが囚われたとあっては笑い事では済まない。
「なに、滅多に来ないハイランドからの御客人だ。丁重に持て成させてもらうさ。ところで、ハイランドの〝竜騎将〟殿は剣は得意か?」
「それなりに。元々はそちらが専門でしたので」
ジュノーンは釈然としないものを抱えながら、答える。
「そうか。ならば、宴までの時間、少々俺に付き合え」
この後ジュノーンは宴の開催まで〝剣匠〟の剣の稽古にみっちりと付き合わされのであった。
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もしよろしければ、こちらの書籍も是非お読みくださいませ。
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