第71話 竜観

 城壁の上の通路にジュノーン達と国王スルタンが立つと、その周囲には多くの人が集まった。

 城の者達は集められた理由もよくわかっていないので、怪訝に満ちた表情でジュノーン達と自国の国王スルタンを見ている。また何か面倒な事でも始める気ではないだろうな、という訝しみの表情だ。おそらくこの王は、こういった事をよくして臣下を困らせているのだろう。

 そして今回はその中でも一段と驚かせてしまう事がわかっているので、ジュノーンは内心申し訳なく思うのだった。


「それでは、呼んでくれ」

「その前に……かなりの混乱を呼ぶと思いますので、攻撃だけはしない様に皆に呼びかけて下さいますか?」


 銀髪の青年は今一度確認の意味を込めて、国王スルタンに言った。

 バルクークは「よかろう」と頷いて声を張り上げる。


「皆の者、かのハイランドの〝竜騎将〟殿が本物の竜を見せてくれるそうだ! こちらには攻撃しない故、手出しはするな!」


 国王スルタンの言葉に、多くの者が眉を顰めた。

 彼ら砂漠の民からすれば、竜など神話の中の話だと思っていたからだ。


「これで良いか?」


 バルクークはジュノーンに訊くと、美青年は頷くと目を瞑った。

 

(来い、ルドラス。お前の姿を見せてやれ)

 

 心の中でそう念じると、突如として空に大きな影が現れた。

 火竜である。ジュノーンと火竜は心で繋がっており、念じるだけで会話が可能なのである。

 大きな蝙蝠の様な翼を持ち、体は赤い鱗で覆われ、大きな前足と後足がある。それは、確かに本や童話の中に出てくる竜の描写と同じだった。

 火竜は黄金色の瞳をぎろりと人類を見下ろし、翼を羽ばたかせてジュノーン達のいる城壁まで舞い降りた。ルドラスが翼を羽ばたかせる度、突風が生じる。

 そのあまりの現実離れした大きさと凶悪な姿に、人々は一気に混乱に陥り逃げ惑う。ジュノーンは、ほんの数日前にハイランドでも似たような光景を見たな、と思った。

 〝剣匠〟と謳われるこのケシャーナ朝スルタンと言えども、本物の竜を見るのは初めてであり、そのあまりの迫力に震えていた。


「……これがハイランドの竜騎士か」


 恐ろしい奴が現れたものだ、とバルクークは呟いた。

 いくら勇猛なバルクークと言えども、この竜を相手にどう戦えば良いか、全く見当もつかなかったのだろう。

 正攻法で正面から戦えば、死あるのみである。ジュノーンは自らの経験からそれを知っていた。


「……もし、俺がお前達を危険視して、ケシャーナから帰さない、と言った場合、お前達はどうする?」


 額に伝う汗を拭おうともせず、バルクークはジュノーンに向けて殺気を放った。

 

(マジかよ、こいつ)


 竜騎将は引き攣った笑みを浮かべた。

 火竜を前にしてもまだこれだけの覇気を保てる人間はそうはいない。おそらくこの男はフリードリヒ王と同等か、それ以上の武将である事は間違いない。


「……そうなれば、私も、こいつと共に全力で戦わねばなりません」


 ジュノーンは臆する事なく殺気を放ち、王の心意気に応えた。

 実際に、リーシャがいるところでその様な暴挙に出られては戦ってなどいられないが、こちらもそれだけの覚悟を持っていなければならないだろう。

 殺気を放ってはいるものの、バルクークがここでその様な選択を採らない事も解っていた。これはあくまでも、力の見せ合いだったのだ。

 睨み合う事数秒……バルクークは一笑すると「冗談だ」と付け加えて殺気を解いた。ジュノーンも会釈し、自らの殺気を解く。

 これ以上ジュノーンに殺気を向けさせておくと、火竜がバルクークを敵と認識してしまう可能性があった。彼の判断には内心ではほっとしていたところだ。

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