第70話 親書
「それで、どうやってローランドを越えてきた? まさか広いローランドの地をひっそり、というわけではないだろう」
瞬時にバルクーク王の表情が真面目なものとなり、二人に訊いた。おそらくバルクーク王が本当に知りたかったのは、彼らの正体ではなくその事だったのだろう。
ハイランドの使者が訪れるという事は、ローランドという壁を超えなければならない。その壁をどう越えてきたのか。しかも、ケシャーナ朝の関所も通らずいきなり宮殿に現れたというのであるから、バルクーク王も心中穏やかではないはすだ。何らかの抜け道があるのであれば、それはケシャーナ朝の今後にも関わってくる。
「言って信じてもらえるかわかりませんが……空を飛んできました」
ジュノーンは正直に言った。実際にそうなのだから、そうとしか言えないのである。
「空を?」
あまりに突拍子のない言葉に、バルクーク王の目が固まる。
「はい。私はハイランド王国の竜騎士にして将軍。〝竜騎将〟という地位を与えられております。おそらく親書にも書いてあるかと思いますが」
「竜騎士……だと……?」
信じられない、と言う表情でバルクークはジュノーンを見た。
「竜騎士というものがいるというのは知っている。ハイランドの太古の英雄物語で登場するというのは俺も読んだ事があるが……まさか実在するとは思っていなかったぞ」
「はい。実際にここ暫くは居なかったと聞いております。私が竜騎士になったのもつい先日の話です」
「なにやら面白そうな話だが、まずは親書を読んでからの方が良さそうだな」
そこで、ようやくバルクークは親書を開いた。
ジュノーンの喉をごくりと唾が通る。
この親書にて同盟が成立しなければ、ハイランドは結局単独でローランドを相手にしなければならない。それだけは避けたかった。
ハイランドとローランドの国境にいる兵をなんとか南側に集めてもらわねば、勝機はないのだ。
「なるほど、な……」
バルクーク王は親書に目を通してから閉じると、ゆっくりと溜め息を吐いた。
「ところで、〝竜騎将〟殿よ……まずは俺にその竜とやらを見せられるか?」
国王が目を開くと、黒い瞳でジュノーンを見た。
変なところに話がいったな、と美青年は思った。親書の内容には一切触れずに竜に興味がいったのだろうか。
「必要であれば」
ジュノーンは素直に答えた。
「では、見せてくれ。俺も見た事がないものを信じて国を巻き込むわけにはいかんからな」
「なるほど」
銀髪の青年は頷いた。
ここで彼の言葉の意図が理解できたのだ。話を乗る以前に、こちらの切り札を見ていなければ話に乗りようがないというのだ。
本当にこの竜騎士とやらが切り札たりえるのか、それを確認しようというのだろう。
「承知致しました。それでは、どこか広い場所に案内してもらえますか?」
「了解した。城壁の上で構わぬか?」
「問題ありません」
そうして、三人が椅子を立った時、待合室の扉が開かれた。
入ってきたのはダーバンを巻いた戦士風の男だった。
「お客人、お待たせ致しました。謁見の準備ができましたので──って、バルクーク様⁉ こんなところで何をなさっているのですか⁉」
待合室に入ってきた戦士風の男が驚く。
「なに、その噂の客人が気になったので先にこうして会いに来たのだ。彼らは間違いなくハイランド王国の使者だったぞ」
「笑い事ではありません! もしも刺客だったらどうするのですか!」
「刺客だったら倒せば良いだけの事だろう」
王は不服そうにする部下の肩を叩いて続けた。
「安心しろ、俺はお前らより強いからな。俺に勝てぬ刺客ならばお前らも勝てぬ。わかりやすいだろう?」
もう一度ガハハ、大きく笑う。
戦士風の男は大きく溜め息を吐いたが、
だが、それも腕に自信のあっての事だ。現に、ジュノーン達は彼の気配に気付けなかった。もしあれが実戦であったと思うとぞっとする瞬間だ。
(バルクーク……そうか。どこかで聞いた名前だと思っていたが、この国王が〝剣匠〟バルクークだったのか)
〝剣匠〟バルクーク──それは、まだこの男が
「ああ、それと……手の空いている者は北の城壁に集まれと伝えろ。面白いものがみれるぞ」
ちらりとジュノーンを見て、バルクークはにやりと笑った。
バルクークとしても出来るだけ多くの人数を集めて、本当に竜がいるのか確認して欲しかったのだろう。それだけ、竜騎士とは幻の様な存在であり、簡単に信じられる話でもなかったのだ。
「はぁ……皆の者に伝えます」
戦士風の男は内心嫌な予感を感じつつも一礼をして、部屋を出た。
バルクーク王の部下は大変そうだな、とジュノーンは内心憐れみさえも感じるのだった。
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