第65話 時間
「それにしてもリーシャ、お前どうしたんだ?」
青年は美しいエルフ娘への抗議を諦め、王女の方へと向き直って訊いた。
「どうしたって、何がですか?」
きょとんとして青髪の王女は銀髪の竜騎士を見上げる。
「いきなり王女っぽくなりやがって。うりゃ」
ジュノーンはそう言いつつ、愛しい王女の青髪をくしゃくしゃと撫でた。
「やーめーてーくーだーさーいー!」
リーシャは抵抗する姿勢を見せながらも、あまり嫌がった様子もなくされるがままにされていた。
彼女はもう一度ジュノーンにこうされる事を心から望んでいたのだ。
無論、将軍職を与えられたとは言え、一国の王女にこの様な事がしている事が知れたら、大変な事になるだろう。国王に見られていれば、謁見の間に置いてある二本の大剣を今すぐ持ってきて斬りかかるに違いない。
「それにしても、聖櫃集めか……リーシャも大変な大役を任されたものだな。出来るのか?」
ひとしきりリーシャの髪を撫で回すと、ジュノーンは神妙な面持ちで彼女を見た。
「……私だっていつまでも子供じゃないありませんから。それが一族に課せられた使命であるなら」
私が承るしかありません、とリーシャは乱された髪を整えながら答えた。
ジュノーンはそんな彼女を見て、確かに変わったなと改めて実感するのだった。
「そうか。大人になったな」
そう言ってもう一度撫でようとすると、リーシャはそれを手で防御する。
「子供扱いしないで下さいッ」
「え? してないぞ?」
そう言って、隙をついて彼女の青髪を撫でる。
「ジュノーン、嘘吐きです! 絶対にしてます!」
そんな言葉を言い合いながら、二人は攻防を繰り広げていた。
「……ヴェーダ、どうしたんですか?」
攻防のさ中、リーシャはヴェーダの方を見てふと首を傾げた。ヴェーダがどこか寂しそうに笑みを浮かべて二人の様子を眺めていたのが気になったのだ。
「ううん、なんでもないわ」
「なんでもなくありません。今のヴェーダは……少し、寂しそうでした」
王女の指摘に、ヴェーダは諦めた様な笑みを浮かべて、首を竦めた。
ジュノーンにとってはただ笑って自分達の様子を見ていただけだと思っていたのだが、リーシャにとっては印象が異なった様だ。そして、ヴェーダの反応を見る限り、それは正しかった事がわかる。
「エルフの寿命は長いから……」
ヴェーダはそう前置いてから、やはりどこか諦めた様に笑って続けた。
「あなた達も何十年かしたら老いてしまって、私を置き去りにしていくのかしらって……そんな事を、一瞬だけ考えてしまっただけよ」
「ヴェーダ……」
青髪の王女は彼女の名を呟き、そっとその肩を抱き締めた。
長寿のエルフにとって、人間の寿命はあまりにも短い。ジュノーンとリーシャが老いた頃も、彼女の容姿は今と変わらず老いとは程遠い生活を送っているのだ。
そして、このエルフ娘はそれに対して哀愁を感じているのだった。
「私は……老いてしまっても、ヴェーダの友達です。私の将来の子も、そしてその子の子供もヴェーダの友達になると思います。だから、寂しい想いなんてさせません」
人間と接すれば接する程、時間の差が彼女を苦しめる。もしかすると、エルフ族が他の種族と交流を持たないのは、こういった切なさや苦しさを避けるからなのかもしれない。
「ありがとう、リーシャ。ちなみに……その子供っていうのは、ジュノーンとの子でいいのかしら? 気が早いのね、もうそこまで考えているの?」
「──~~~⁉ もう、ヴェーダ! あなたなんて知りませんッ」
ヴェーダの手痛い返しに自らの失言に気付いてしまったのだろう。
青髪の王女は顔を真っ赤にして、逃げる様に会議室から出て行ってしまった。
「お前な……良い話が台無しだろうが」
銀髪の美青年は呆れた表情を浮かべて、エルフの娘を見る。
「だって、リーシャったら寂しい事言うんだもの。自分が死んだ後の事を考えるなんて、やめて欲しいわ」
「そっか、それもそうだな」
なるほど、とジュノーンは思った。どうやら、彼女は彼女で寂しいらしい。
おそらく、人間では計り知れない程の孤独が、この長寿の種族にはあるのだろう。
「安心しろ、ヴェーダ。お前の友達をたくさん残せる様に、俺とリーシャは頑張るさ!」
「今の発言は、近衛騎士として国王様に報告しとくわね」
「頼むからやめてくれ」
これから国の行く末を左右する戦へと望むというのに、何とも緊張感のない時間を過ごす三人であった。
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