第64話 実感
ジュノーンとリーシャのケシャーナ朝への訪朝と、バーラットとラーガの両将軍による軍の編成──会議はそうまとまり、部屋に残されたのは国王、イエガー宰相、リーシャ、ヴェーダ、そしてジュノーンの五人だけとなった。
フリードリヒ王は溜め息を吐いて、リーシャの方を向いた。
「……リーシャよ。お前にまで大変な事を頼んでしまってすなまい。父として、そして王としても不甲斐なく思う」
「いいえ、お父様。ハイランド王国の王族として、当然です」
リーシャは
「私は今まで国政について関与しなさ過ぎでした。いつも王宮で不自由なく暮らしていたのに、あんなに大変な思いをしている人がたくさんいる事すら知らなくて……私もこの国の王女として、できる事はやりたいのです」
王女の青い瞳には、確かな決意があった。
ただ王族としての責務だけが彼女をそうさせているわけでは、もちろんない。五大使徒・マルファ=ミルファリアの末裔として責務、自分の無責任さから国を危機的な状況に陥れかけてしまった過ち、そしてそこからの脱獄を経た経験や、国の現状を目の当たりにして覚えた危機感──彼女がここ数週間で見聞き経験した事全てが彼女をそうさせていたのである。
「そうか……お前をそう変えたのは、きっとこの男なのだろうな」
フリードリヒ王は娘の成長に感心しながらも、ジュノーンをちらりと見る。
ジュノーンはまた怒られると思って、こっそりと半歩後ろに下がった。
「ジュノーンよ!」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばし、身構える。
ヴェーダがそんな青年を見て可笑しそうにしているが、彼としてはどうしてこうも自分ばかりが怒られるのかと納得ができなかった。
「くれぐれも使者としての使命を忘れぬ様に! リーシャに手を出したら第一級犯罪者として生首をハイランドに晒すぞ! いいな⁉」
「はあ……」
「返事はどうした!」
「は、はい!」
とんでもない言い草だ、とジュノーンは顔を引き攣らせた。
リーシャが絡むと、この国王は〝賢王〟からほど遠く、ローランド帝国のウォルケンス王よりも愚かなのではないかと疑ってしまうのだった。
ハイランド国王はジュノーンをもう一度一瞥すると、どこか苛々しながら会議室を出ていって、ようやく青年は大きく息を吐くのだった。
一方のリーシャは、恥ずかしそうに下を向いて顔を赤らめている。
「まあ、あれでもお主の事を認めておるのじゃよ、国王は」
如何せん子離れが出来てない親バカだが、とイエガー宰相はふぉっふぉと笑いながら続けた。
「鞍作りの職人を先程呼んでおいた。もう城に着くじゃろう……急がせて作らせ、なんとしても今週中に出発出来るようにせよ。後は任せたぞい」
ケシャーナ朝への親書は後で渡す、とイエガー宰相はジュノーンの肩をぽんと叩き、国王に続いて部屋を後にした。
残された三人は、ようやく顔馴染みだけになって、ほっと張りつめた空気を緩める。
「あなた達がケシャーナ朝に行っている間、私は一旦里に戻って御祖母様に近況報告をしてくるわ。書斎で精霊石の情報がないかも調べてみたいし」
一週間後までには戻るつもりよ、と彼女は付け足した。
「ああ、宜しく頼む」
「承りました、将軍殿」
ヴェーダが恭しくジュノーンに一礼する。無論、からかいの意味合いが強いのは明らかだった。
「その呼び方はやめてくれ」
「あら、だって私は近衛騎士だもの。あなたの方が身分が高いのだから、敬うのは当然でなくて? それとも〝竜騎将〟殿の方が良いかしら?」
金髪のエルフ娘はジュノーンをからかう事をやめない。こうして嫌そうにしている彼を見るのが、彼女は好きで堪らないのだ。
からかわれるのはあまり好きではないが、こうして三人で過ごせるのも、自分が生きて帰ってこそだ。
こんな何気ないやり取りからも、青年は自らの生存を実感するのだった。
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