第63話 円卓➂

「同盟を結びます。南の砂漠の国あたりが妥当でしょう」


 ジュノーンの提案に、バーラッドとラーガが驚く。


「バカな! 貴様、ここはハイランドだぞ。どうやってローランドを越えて南の砂漠まで行くと言うのか!」


 ハイランド王国はローランド帝国と抗争を始めてから、陸の上の孤島状態だ。唯一の山からの降りた先にローランドがある事から、ハイランドはどことも同盟を結ぶ事などできなかったのだ。

 使者を送るにせよ、必ずローランドを越えなければならない。ハイランドからローランドを抜けるのは、容易い事ではない。今回のリーシャのように、迂闊に使者を送れば途中で捕縛されてしまうだろう。


「私が参ります。火竜に乗れば、私なら何処へだって行けますから」

「む……確かに」


 ラーガがジュノーンの言葉に頷く。

 これまで、ハイランドは陸路を封じられていた。しかし、この〝竜騎将〟ジュノーンがいれば、話は別である。ローランドを一っ飛びして砂漠の国だろうが風の王国だろうが辿り着けてしまうのだ。


「砂漠の国を挙げたのは何故だ? 気性から言えば、風の王国の方が親しみ易そうだが」


 フリードリヒ王は訊いた。

 ハイランドは閉ざされた国故に、圧倒的に他国の情報が少ない。

 砂漠のケシャーナ朝は別名〝軍人奴隷朝〟と呼ばれており、多くは傭兵上がりから成り立っている国である、という程度しか情報を持っていなかったのである。。


「ケシャーナ朝はここ数年で人口が増えた事もあり、食糧不足に陥っております。ですが、砂漠が殆どを占めるケシャーナ朝では食物の生産を飛躍させる事は難しい。彼らは今や他国からの輸入に頼っているところがあります」


 そこで、とジュノーンは続けた。


「ハイランド王国がローランド帝国と交戦中はローランド帝国を南方から威圧し攻撃を仕掛けてくれたならば、その恩恵として、ローランド南部の領土をケシャーナ朝に与えるとの盟約を結ぶのです。緑の大地が欲しくてたまらぬケシャーナ朝からすれば、渡りに船。おそらく乗ってくるでしょう」


 ケシャーナ朝が南方から攻撃をしかけたならば、慌ててハイランド方面に配置していた守備隊を南方に回さなければならない。

 その時、ハイランドは総攻撃を仕掛け、一気に関所を突破し帝都まで攻めるのだ。

 ローランドの地形は、ジュノーンならば庭も同然。関所から街道を使わず帝都の裏側まで行ける方法も知っている。上手く事を運べば、国境襲撃から三日あれば、帝都にたどり着き攻撃を仕掛ける事ができるのである。

 無論、かなりの移動速度を強いる事になり、兵が帝都襲撃までに疲弊してしまう可能性もある。しかし、その実現性は高い。

 というより、出来るだけ犠牲を少なくしてハイランドを手中に収めるのは、これしか方法がないのだ。


「最短三日……だと」


 ゴクリとバーラッドが唾を飲み込んだ。これまで幾年と行われてきた戦争がそんなにあっさり進むのか、とその呆気なさに現実味がなかったのだ。


「だが……果たして、貴様の様ないきなり成り上がって将軍になった人間をハイランドの使者とケシャーナ朝が受け取るのか? 疑われてしまえばそれで終わってしまうぞ」


 バーラッドが皮肉を込めて言った。

 だが、これは皮肉だけでなく現実的な問題として生じる可能性でもあった。


「それなら、私がケシャーナ朝に同行します」


 そこで挙手をしたのはリーシャだ。


「ハイランド王国の王女である私が行けば、ケシャーナの王も私達がハイランドの使者である事を信じて頂けるでしょう。どうでしょうか……お父様?」


 リーシャは不安げに父に訊いた。

 フリードリヒ王は瞑目して考え込んでいる様だった。愛娘であるリーシャに政治活動を、しかも自分の不甲斐なさを理由にさせたくないのだろう。

 だが、王女が使者として現れたとなれば、ハイランドの重要な密使である事は疑いようがない。ジュノーンが一人で行くより話が円滑に進むのは目に見えている。

 そして何より、ローランド統治後を考えるのであれば、南のケシャーナ朝との関係も良好にさせておきたかった。

 長い沈黙の後、国王は頷いた。


「そう、だな……それが一番賢明であろう。ジュノーンよ、最短で何日でケシャーナ朝まで往復できそうだ?」

「憶測ですが、片道二日か三日と言ったところでしょうか。竜の巣からここまで来るのに、四半日程度でしたから」

「なるほど……では、一週間以内に戻れ。私もその期間内で出陣の用意をしておこう」

「はっ」


 ジュノーンは恭しく頭を下げた。


「バーラッド、ラーガ」


 フリードリヒ王は、ハイランドの剣と盾にそれぞれ声をかけた。

 二人は立ち上がり、敬礼する。


「……総力戦だ。この戦に負ければハイランドは滅亡すると思え。お前達の編成が国の命運を握っているぞ」

「御意!」


 二人は同時に声を発した。

 表情からは緊張が伺える。まさしく、ハイランドとローランドの戦争が近いうちに終わるのだと彼らも実感したのだ。

 ハイランドの剣と盾は同時に会議室を出て早速編成に取りかかった。

 その他の将校も二人に続いた。こうして、円卓会議は終えた。

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