第62話 円卓②

「イエガー、ジュノーンにあれを」


 会議が始まるなり、フリードリヒ王はイエガー宰相に何かを促した。白髪白髭の宰相は頷くと、報告書の様なものを取り出してジュノーンに渡す。


「今すぐ読め。ここ最近の経緯が書いてある」


 ジュノーンは頷き、書類にさっと目を通す。

 そこには、ここ数日でのローランドと起きた紛争についての状況報告や、現在のハイランドの大まかな戦力や兵力が書いてあった。

 その兵力を見てジュノーンは驚いた。

 武器や兵器の質、そして兵士の総数……何にしてもローランドより遥かに劣っていたのだ。兵士に至っては半分にも満たない。


(よく持ち堪えていたな……)


 思わず感心せざるを得なかった。

 各将や指揮官の采配、そしてこのフリードリヒ王が有能な証拠である。また、ローランド側が慎重になりすぎている事も辛うじて持ち堪えられていた要素でもあった。

 仮にローランド帝国が犠牲を問わず攻撃をしかけてくれば、ごり押しでハイランドが陥落させられてしまう可能性もあった。それほどの兵力差だ。


「それが我が国の現状じゃ。どう思ったかの?」


 イエガー宰相がジュノーンに訊く。


「……よく、持ち堪えていたな、と」


 彼は訊かれた言葉に対し、率直な意見を述べた。

 その言葉だけで、とてつもない戦力差がある事を将軍達は理解する。フリードリヒ王も「やはりか」と小さく呟いただけだった。


「最後の文書は読み次第すぐに処分せよ」


 イエガー宰相が、ジュノーンが最後の文書に触れようとした時に言った。

 ジュノーンは怪訝に思いながらも目を通すと、そこには『極秘:リーシャ王女について』と題された報告書で、ジュノーンが竜の巣に行っていた間の事が記されていた。具体的には、彼女が行った功績と光の精霊とのやり取り、闇の神復活についてやそれの対処法について詳細が記されていた。

 ふとエルフ娘を見ると、彼女が『だから言ったでしょ?』と言わんばかりの表情を見せている。このリーシャに関する報告書を記述したのはヴェーダだったのだ。

 リーシャが変わったのはこういった使命に課されたからなのか、とジュノーンは納得する。ただ、そこに自分が彼女に与えた影響を考慮しないところもまた、彼らしいと言えば彼らしかった。

 ジュノーンはそれを一通り読んで頭の中に入れると、最後のリーシャに関する記述の紙だけを燃やした。紙は黒い炎で一瞬覆われ、即座に灰となる。

 その炎を生で見た将軍達はその光景に驚いていたが、フリードリヒ王は何も言わなかった。彼はその炎の脅威をよく知っているからだ。


「急いで戦争を終わらせねばならん理由が国力だけの問題ではないのはわかってもらえたな?」


 〝竜騎将〟はこくりと頷く。


「それで、実際にどうだ? 竜騎士としては即座に戦えるのか」


 一番気になる事を、まずフリードリヒ王が訊いてきた。

 これについては、他の者達全員が気にしているところだろう。実際にジュノーンが竜騎士として戦えなければ意味がない。


「はい、それは問題ありません。まだ騎竜が騎馬術程上手くないですが、火竜から降りて別々に戦う事も可能です。ただ……」


 ジュノーンは少し言いよどむ。


「なんだ、言うてみよ」


 フリードリヒ王が促す。


「いくら私が火竜と共に戦っても、この兵力差では……」


 仮にローランド帝国が捨て身になって一局集中で攻撃をしてきたとすると、ジュノーン以外のところから必ず突破されてしまう。戦争は結局のところ、数と兵器だ。竜騎士と言えども、単独で覆せるわけではない。

 

「我らの力不足、と言いたいのか?」


 ハイランド王国将軍・ラーガがジュノーンを睨み、威圧する様に言った。

 ラーガはこの国の守備を束ねる者だ。過去幾度となくローランド帝国軍を撃退し、〝鉄壁〟のラーガの異名を持つハイランドの英雄でもある。

 ハイランド王国にとっては、〝疾風迅雷〟バーラッドが剣、〝鉄壁〟ラーガが盾なのだ。


「いえ、そういう意味ではありません。むしろ、ハイランド王国の将兵達は、これだけの戦力でよく国境を保てているな、と感服しております」


 ジュノーンの言葉にバーラッドは小さく舌打ちをし、ラーガはふんと鼻を鳴らした。


「ですが、単純に兵力不足です。ローランド帝国の兵力はこれの倍以上に加えて、兵士各々に支給されている武具や弩といった兵器にも相当差があります。半年前の戦から国境付近には多数の投石機も設置されており、闇雲に攻めればこちらも大きな犠牲を伴うでしょう」

「そんな事解っておる! その為の貴様だろうが! 今更恐れを成したか!」


 〝鉄壁〟のラーガが円卓をガンと殴りつける。


「お待ち下さい、ラーガ殿。無論、私は最前線に赴き戦います。ですが、ローランド占領後を考えると、ハイランド軍の犠牲は最小限に抑えておきたい……違いませんか?」


 〝ローランド占領後〟という具体的な言葉に、思わずラーガも黙ってしまう。

 その様な言葉はここ暫くのハイランドにとっては、現実味がない話であったのだ。


「リーシャ王女が討伐した脱走兵の様な輩がハイランドに多くいる今、これ以上治安を悪化させない為にも、兵の数は絶対に必要です」

「それだけの口ぶりなのだから、何か策はあるのだろうな?」


 バーラッドが訊く。彼も兵の犠牲を出したくないのは本音であり、避けられるのであれば避けたかった。

 無論、ジュノーンが無策だったり無謀な策を提示したならば、今この場で〝竜騎将〟の叙任撤回を進言するつもりであろう。

 しかし、〝竜騎将〟は円卓に座る者達を見回して、頷いて見せる。


「実のところ、ローランド帝国の守備兵配置はハイランドの関所方面に偏っていて、他の方面からの対策はそれほどしておりません。南の砂漠の国ケシャーナ朝や風の王国カナーンとは貿易も行っている事から、攻めてこないと考えているのでしょう」

「ふむ……」


 フリードリヒ王はそれを聞いて、考える様に目を瞑った。


「それで、どうするつもりなのだ」


 バーラッドが先を急かす様に荒々しく言う。


「同盟を結びます。南の砂漠の国あたりが妥当でしょう」


 ジュノーンのその言葉に、会議室は揺れた。

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