第66話 竜話

 翌日、国王による〝竜騎将〟の叙任式を大々的に行われた。

 ジュノーンがローランド帝国に囚われたリーシャ王女を救出し、ハイランド王国まで助けた旨も併せて紹介され、ハイランドの民はジュノーンを救世主の様に讃えたと言う。目の前に大きな火竜を見せられ、この禍々しい生物を従えてハイランドの〝竜騎将〟となったというのだから、民がそう期待してしまうのも無理はない。

 無論、まだジュノーンに対して懐疑的な者もいた。しかし、多くの者が彼こそがこの国の希望の星であると国民は確信していたのは間違いがない。彼は、もはや伝説となってしまった〝竜騎士伝説〟を現代に再び蘇らせたのだから。

 これまでハイランドの王国の人気者は〝疾風迅雷〟のバーラットであったが、一日にしてその座を〝竜騎将〟が奪い取ったのは言うまでもないだろう。

 叙任式の翌日、ジュノーンとリーシャは火竜に跨り、南方の国・ケシャーナ朝へと発った。


「おお、この鞍は本当に乗りやすいな。さすがはハイランド一の鞍職人といったところか」

「はい! これなら長時間座っていても、お尻が痛くならずに済みそうです」


 ジュノーンとリーシャは騎竜してすぐにそんな会話を交わした。

 鞍は騎竜用のものをオーダーメイドで作らせてある。ちなみに、リーシャが共に乗る事も考慮し、鞍は二人乗りのものに設計してあるようだ。

 鞍職人は型合わせや寸法を計る際に実際に火竜を目の前にした時、思わず逃げ出そうとしたが、兵に捕らえられて無理矢理寸法を図らされていた。この際の兵士による説得の言葉は、「俺達だって逃げたいくらい怖いんだ!」との事。鞍職人と兵士の間で友情が芽生えたのは言うまでもない。

 ただ、さすがは宰相・イエガーが用意した鞍職人。腕は確かで、すぐに丈夫で乗り心地の酔い鞍を完成させた。その職人は翌朝には「俺が〝竜騎将〟の鞍を作った! 竜にも触れたぞ! どうだ、凄いだろう!」と早速自慢していたそうだ。なお、今回の竜鞍製作が評価され、この鞍職人はハイランド王宮専属の鞍職人となったという。


「わぁっ! 凄いですよ、ジュノーン! 王宮があんなに小さいです!」

「あんまり身を乗り出して落ちるなよ、リーシャ」


 リーシャは初めて見る空の世界を見て興奮を隠しきれずはしゃいでいた。ジュノーンはそんな彼女に呆れながらも、はたと思い出す。

 そういえば、まだこの火竜にリーシャを紹介していたなかった。


「そうだ、〝ルドラス〟。紹介しておくよ。これがハイランド王国の姫ことリーシャだ。こいつも背中に乗せる事が多いだろうから、宜しく頼むよ」


 ジュノーンが唐突に話し出すと、火竜が首だけぐるりと振り向かせて、青髪の王女をその黄色い瞳に映し出す。


『……承知』


 そして、ジュノーンとリーシャの頭の中に、そんな言葉が低く厳かな声と共に響いてくる。

 話し掛けられたというより、思念が頭の中に流れてくる感覚だ。竜は口や声帯の構造上、言葉を話す事はできない。しかし、思念による意思疎通ができるのだ。

 友であるジュノーンは、わざわざ声に出さなくても、心の中に念ずるだけで会話はできる。今はリーシャにもわかる様に、敢えて声に出して話しているのだ。


「え……⁉ 今のって、もしかして……⁉」

「ああ、そう。この火竜は〝上位竜グレーター・ドラゴン〟でな、人の言葉がわかるんだ。ルドラスは俺が与えた名だ。これからはそう呼んでやってくれ」

「そうなんですか⁉ 凄いです! 後でたくさんお話しましょう、ルドラスさん!」


 竜にも全く物怖じしないリーシャの態度に火竜は少し戸惑いを見せながら、再度『承知』と返事をするのだった。

 竜の中には、長く生きている間に知性がふとした瞬間に芽生える上位竜グレーター・ドラゴンに唐突になる者が稀にいるそうだ。

 この火竜はまさしくそれで、人と同じく、いや、人よりも高い知能を持っているのだと言う。彼らは人の言葉だけでなく、エルフや古代語までも操る。どうして言葉を理解できるのか、火竜本人もわからないそうだ。

 竜による生態は竜自身にもよくわかっていないそうだが、竜は老いて死せる寸前に自らを卵に託し、生まれ変わるのだと言う。今火竜が持つ知性は、そうして生まれ変わりを続けた結果、先代の知能や知識が継承されているのではないかとの事だった。

 しかし、竜の巣では、ただ竜が生きて暮らすだけの場所だ。そこには文化もなく、そして竜同士の交流もなく、何かと意思疎通をする必要性もない。

 また、卵から生まれる竜には、名もなければ生きる目的もない。彼らはただ生まれてそこで生きるだけの種族だったのだ。

 竜の多くは、知性を持たないからその生活を疑問には持たない。しかし、上位竜グレーター・ドラゴンの様に知能を芽生えた竜には、その無益な生活を不満に抱く事もある様だ。

 そこに付け込んだのが、このジュノーンである。

 ジュノーンは、生きる目的と意味を持たない火竜に、こう話し掛けたのだ。


『俺の友にならないか』


 当然、火竜は『貴様と友になって何の意味がある』と訊き返す。

 その問いに、ジュノーンはこう答えた。


『まず、お前に名を与える。お前はこの巣に数多いる竜とは異なり、固有の者となる。そして、俺と共にこの世界を見て回ろう。ここで老いて朽ちるまで暮らすか、俺と共に世界を見て回るのと、どちらが退屈せずに済むと思う?』


 火竜はその問いに『不遜な人間め』と前置きつつも、『だが、面白い。その誘い、乗ってやろうではないか』とジュノーンの誘いに乗ったのである。

 そして、与えた名が〝ルドラス〟だ。

 名を与えられたルドラスは、どこか自分が特別な存在になった様だと言って、喜んでいた。ジュノーンとルドラスの間に友情が生まれた瞬間であった。


「ジュノーンとルドラスのお話も聞きたいです」

「ああ、聞かせてやるさ。殆どは俺が殺されかけた話だけどな」

反駁はんばく。あれは汝に非がある』


 ジュノーンの言葉に、火竜が異議を唱える。

 長い空旅の間、二人と一匹の竜は会話に華を咲かせた。

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