第11話 約束
暫く馬を駆けさせ、ジュノーン達はリマ草原に無事到着した。
二人は馬から降り、草原に目を凝らす。まだ太陽は昇っておらず、僅かに月明かりが照らすだけの草原だ。ジュノーンには草の種別の見分けなど不可能に思えた。
「リーシャ王女……これでペルジャ草は見つけられるのか?」
彼らに残されている時間は多くはなかった。
もしかすると、もうリーシャの脱獄は既に知られているかもしれない。警戒態勢になっていない今であれば、強引に関所を抜けてハイランド領に入る事も可能だ。とにもかくにも、なるべく早くにローランド領内を離れる必要があった。
「大丈夫……だと思います。ジュノーン様の炎で照らして下さるのであれば」
リーシャはにこりと微笑む。
ジュノーンは溜め息を吐き、近くにあった枯れ木の先に黒い炎を発火させ、その枯れ木をリーシャに渡した。青髪の王女は「ありがとうございます」と丁寧に礼を言ってそれを受け取ると、地面に生える草に目を凝らしながら一つ一つ確認していく。
ジュノーンは特段に行う事もないので、愛馬を愛でるように撫でた。走りづめなのもあるだろう。馬はもしゃもしゃと足元の草を食べ、休憩していた。
リーシャの方をふと見ると、彼女は未だに膝をつき、目を凝らして草木をみていた。
「灯りは俺が持っててやろう」
ジュノーンはリーシャの手からひょいと燃え盛る枯れ木を取った。周囲の草木に燃え移らないか、見ていて不安になったのだ。
リーシャは「すみません」と笑みを浮かべ、ジュノーンの厚意に素直に喜んでいた。
一国の王女ともあろう者が地面に両膝と手をつき、野草を確認している様をハイランド国民が見たら、どう思うだろうか。ジュノーンはそんなくだらない事を考えていた。
「仮に……仮に私が上手くハイランドに帰る事が出来たとして」
リーシャは草花をその綺麗な手先で優しく確認するように触りながら、言葉を発した。
「うん?」
「その後、ジュノーン様はどうなさるつもりですか?」
ふと、リーシャが手先を止めた。銀髪の青年も、リーシャの問に思わず固まってしまった。
「そうだな……どうするんだろうな」
そして、そんな言葉を漏らしていた。
ここまで彼女を連れて逃げてきたが、その先は何も考えていなかった。ただ、目の前の少女を逃がさなければならないという一心だったのだ。
「もし嫌でなければ、ハイランドに仕えませんか……?」
リーシャは勇気を振り絞ったかの様に言葉を絞り出し、ジュノーンを見上げた。銀髪の青年は予想もしていなかった提案に、目を見開く。
しかし、少し考えてから首を振った。
「有り難い話だが、それは難しいだろう。リーシャ王女は知らないかもしれないが、俺はハイランドでは〝黒き炎使い〟と呼ばれていてな……俺に怨みを持つ奴も、俺に家族や大切な人を奪われた奴もハイランドには沢山いる。リーシャ王女がそれを許しても、ハイランド国王が許さないだろう」
過去のハイランドとの戦を思い出す。斬った人数も燃やした人数も、十や二十といった単位ではない。おそらく百は越すだろう。
そして、半年前にはハイランド軍が総力戦を仕掛けてきた際、その侵攻を防ぐ最大の功績をジュノーンは残している。あの戦以来、ハイランドはめっきり力を落としていた。もしジュノーンがハイランドの勝利を願うのであれば、あの戦では勝ってはならなかったのだ。
「それならっ……それなら、私が私兵としてあなたを雇います!」
リーシャは立ち上がり、ジュノーンを見上げた。
その青い瞳には強い意思が宿っており、ジュノーンは無意識のうちに後ずさる。
「どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺がリーシャ王女の側にいても出来る事は何もないんだ。ハイランド領内に入ってリーシャ王女の安全が確保できたら、そこまでだ」
改めて冷静に考えると、ジュノーンにはそれが正しいように思えた。
今の彼にはもう、爵位も何もない。権力もローランドに対する影響力も、何もなかった。
ただ、彼らにとってとても大切だった捕虜を奪い、脱走させて国に返す──それだけでも、ローランド帝国には、マフバル宰相にも十分に復讐できたと考えられた。そこから先は、それから考えれば良いとさえ思っていた。
だが、リーシャはジュノーンの返答に
「違います! 私は……あなたに救われました。いえ、私だけでなくハイランドも救われました。そんなあなたが全てを無くして、私はいつも通りの生活に戻るだなんて……そんなの、絶対に嫌です」
リーシャは強くジュノーンを見据えて、そう言った。一方の銀髪の美青年は黙り込むしかない。
「そうですね……では、こうしましょう」
そこで、リーシャは何かを思いついた様な顔をして続けた。
「ジュノーン様が私と共にハイランド王宮まで来てくれないと言うのであれば、私はここから動きません。絶対に動きません」
リーシャは真面目な表情をしたまま、とんでもない事を言った。
彼女のこの言葉は、ジュノーンが全てを捨てて彼女の脱獄を幇助させた事を全て無に帰す事だ。さしものジュノーンもこれには折れるしかなかった。
「わかった、わかったからそれは勘弁してくれ」
ジュノーンは両手を上げて『降参だ』という自らの意思を伝える。リーシャはそれを見てにっこりと微笑むのだった。
「ハイランド王宮に入ったところで、俺が処刑されるだけかもしれないぞ」
「そんなこと、私が絶対にさせません」
言いながら、リーシャは銀髪の青年の手を両手で優しく包み込み、自分の胸元までもっていった。
「ハイランド王女の名に、そしてミルファリア神に誓って……私はあなたを守ります」
彼女は目を閉じ、呟くようにして言った。
その時、ジュノーンは自分の心の中に暖かな光が流れ込んでくるのを感じた。まるで母親に抱き締められるような、そんな安心感……彼が亡くした、遠く懐かしいものに触れられた気がしたのだ。
「わかった……」
ジュノーンは、思わずそう返事をしていた。
彼女になら身を預けてもよいと、命を懸けても良いとその時直感的に感じたのだ。
「その前に……まず、急いで探すか、ペルジャ草」
「はい!」
リーシャは嬉しそうに微笑み、また両手と両膝をついて、目を凝らして草を探すのであった。
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