第43話 治安②

「だ、脱走兵が来たぞー!」


 村の入り口から、声が響いた。

 その声と共に、外に出ていた村人達が慌てて家に逃げ入っていく。

 リーシャとヴェーダは頷いて前に出ようとするが、老人がそれを止める。


「美人さん方、物陰に隠れていなさい。説得するとさっきは言っていたが、それで済むならもう解決はしておる……話が通じる奴らじゃないんじゃ」


 老人はそう言うと、リーシャ達の背中を押して民家の物陰へと押しやり、自らは村の入り口に向かった。彼は、彼女達だけはどうしても守りたいと思った様だ。


「一旦様子を見た方がいいわ。相手の数もわからないしね」


 ヴェーダの言葉に、リーシャは渋々頷いた。

 確かに、敵の数がわからないという理由に関しては尤もだと思えた。さすがに二〇も三〇もいれば、彼女達二人では手に負えない。

 それからまもなくして、脱走兵達が村の入り口に現れた。数は一〇人丁度。人数から見て、小部隊丸ごと脱走を計ったのだろう。

 脱走兵達は、威嚇するように村人達に武器をちらつかせている。


「よお、村長。約束の食い物と酒を頂戴しにきたぜぇ」


 脱走兵の隊長と思われる男が、先程の老人に話しかけた。

 どうやらリーシャ達が話していた老人は村長だった様だ。


「……前に渡したので全てだと言ったじゃろう。今この村にある食糧は儂らが自分達が生きる為に残しているもののみじゃ。貴様らを満足させられるものなどもうない」

「ほー? 爺、なかなか威勢が良いじゃねぇか。だが、これでもそんな事が言えるかな?」


 隊長の男は部下に合図すると、後ろから十も行かぬような子供を連れてこさせた。

 その子供を見た瞬間に、村長は顔面を蒼白とさせた。


「テムル!」


 テムルと呼ばれた子供は、顔が腫れ上がり、もはや泣く気力もなくなら程ぐったりとしていた。意識があるのかさえもわからない。


(そんな! あんな子供を甚振るだなんて……!)


 リーシャは唇を噛み締めながら、その光景を見ていた。

 ハイランド王国はローランド帝国と異なり、この様な真似は絶対にしないと信じていた。

 しかし、ハイランドもローランドも、所詮は所属する国が異なるだけで、中身は同じ人間なのだ。結局のところ、人は飢えれば人を襲って略奪する。そこに国の差などないのである。


「なあ、爺さんよ。あんたがまだ聞き分けできねーようなら、このガキの手を切り落とすぜ?」


 脱走兵の隊長は剣を抜き、子供の手首に押し当てる。


「や、やめてくれぇ。本当に……本当にこの村にはもう何もないんじゃあ……」


 村長は崩れ、絶望して許しを乞う。

 だが、それを聞き入れる連中ではなかった。にたにたと下卑た笑いを浮かべながら、隊長は村長を見る。


「まだ聞き分けができねぇようだなー……じゃあ、手落とすか」


 そう言い、彼は剣を構えて振り下ろそうとした。

 しかし、彼の剣が少年の手首に届く事はなかった。その代わりにその腕には一本の矢が突き刺さっていた。

 声にならない隊長の声が響き渡る。


「ぐあああ! 矢だと⁉ な、何者だぁ!」


 その呼び掛けに応じるように、リーシャと弓を構えたヴェーダが物陰から姿を現す。

 今の矢はリーシャの指示によりヴェーダが放ったものだったのだ。

 彼女は王女が合図するかどうかの段階で弓を放っていた。結局のところ、脱走兵達の行いに怒りを持っていたのはリーシャだけではなかったのである。


「悪いけど、下衆に名乗る名前なんて持ち合わせてないのよね」


 金髪のエルフ娘はそう言って、新しい矢を取り出して、男達を見下す様にして言った。

 女二人と脱走兵一〇人の戦いが、始まろうとしていた。 

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