第13話 鬼神

 ジュノーンが下馬してから十分程経過した頃、彼の前には予想通り、三十騎ほどの騎馬隊が街道に広がっていた。騎馬隊はジュノーンを見るや否や止まり、先頭の男の声に従って、隊列を整えた。

 先頭の男は鉄仮面を取ると、ニヤニヤとした表情を彼に見せた。


「へっへっへ……とうとうアンタにもお鉢が回ったな、ジュノーンさんよ」

「ギュントか。久しぶりだな」


 今ジュノーンと対峙しているのは、軍の中でもジュノーン嫌いで有名な下級貴族・ギュントだ。戦場でもことあるごとに突っかかり、敵兵を倒した数で勝負を持ちかけてくるなど、ジュノーンにとっても鬱陶しい存在ではあった。

 しかし、ローランドの軍内にて同士討ちは軍規違反で、即座に処罰される。今まで争いにならなかったのはその為だった。


「まさかアンタとこんな形で戦う事になるとはな……気でも狂ったか、ハイランドの雌ガキの色香に惑わされたか?」

「かもな」


 ジュノーンは自嘲的な笑みを洩らした。

 まさしく、ギュントの言う事は正しい。リーシャ王女の瞳を一目見た瞬間に彼の行動は決められていた様に思う。小娘の色香に惑わされると言われても、違いはなかった。


「悔しいが、アンタはローランドの英雄になりつつあった……こんな惨めな死に方はしてほしくなかったんだがなぁ」

「よく言う。言葉とは裏腹に、顔は全く違う事を言っているようだが?」


 ジュノーンの指摘通り、ギュントの表情はご馳走を目の前にした野獣のようなものだった。

 積年の恨みを晴らす機会がようやく回ってきたと喜びを隠せないのだろう。彼にとっては何ら恨みを買った記憶がないので、実に迷惑な話だった。


「ははっ、そんな事は……ねぇさ!」


 ギュントは目つきを変え、手に持っていた突撃槍を構えて配下と同時に突進した。

 突撃槍は、突進に特化した槍だ。騎兵を横並び同時で突進させることで効果を発揮する。反撃にはめっぽう弱いが、相手は一人。しかも、下馬して歩兵と化しているジュノーンには、対処のしようがないと考えたのだろう。

 しかし、ジュノーンは焦る事なく長剣を抜き、ギュントの槍の柄を斬り落とす。


「なっ……」


 ギュントが驚いている間にジュノーンは宙を舞い、彼と共に突進した横の軽騎兵の首を瞬く間に一閃。赤い飛沫が飛び散った。

 振り向き様にギュントに対しても剣を振り下ろしたが、ギュントは間一髪で自らの剣でそれを防いでいた。しかし、その時ジュノーンの剣圧に耐えられなかったのか、思わず剣を落としそうになっていた。

 慌てて手綱を引いてジュノーンから距離を取っていたが、ギュントは彼を見て狼狽を隠せないでいた。


「て、てめぇ! 何笑ってやがる!」


 ギュントが吠えた。

 彼はどうやらジュノーンの表情を見て怒りと恐怖を同時に覚えていた様だった。

 ジュノーンは思わず自らの頬に手で触れる、確かに口角が上がっていた。


「いやいや……悪いな。別にバカにする意図はなかったんだ」


 ジュノーンはそう言いながら、冷酷な笑みを浮かべたまま剣を構え直した。

 彼はこの時、自らに湧き上がる愉悦を自覚した。いや、今まで自分が抑え込んでいた感情を解き放ちつつあるのだ。

 彼の本来の生まれであるシュルツ家は、政略戦争によって滅ぼされた。そして、この男達の背後には、がいる。それを想うと、ジュノーンは自らの高揚を抑え切れなかった。


(ああ……まずいな、これは。最高だ。ローランド兵に剣を向けるのがこれほど快感だとは思っていなかった。これなら、さっさとハイランドに亡命でもして、ローランド帝国と戦っておけばよかった)


 自らの家族を奪った国に対して、ようやく復讐ができる──その事実に、自分でも異常だと思える程の高揚感を抱いていた。

 無論、彼らがジュノーンの家族の命を奪ったわけではない。その時の刺客は、全て彼によって丸焦げにされている。しかし、それだけで彼の怒りが収まる事もない。この十三年の時を経て、彼の怒りはもはやローランド帝国全体に向けられていた。

 ジュノーンは、その手始めに近くにいた敵兵に剣を振るっていく。周囲の兵士はあっと言う間に脳漿をぶちまけ、或いは喉笛を切られて絶命していた。

 ジュノーンにとっても、今斬った兵士達に見覚えはあった。以前は共に戦った仲間だ。しかし、彼は何の躊躇もせず元仲間達に剣を振るう事ができていた。その事実に彼自身が驚いていた程だった。

 彼は笑みを浮かべながら、敵をひとり、またひとりと斬り裂いて行った──。

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