第14話 鬼神②

(これが〝黒き炎使い〟ジュノーンの実力だって言うのかよ……! まだ炎すら使ってねえのに、何て強さだよ!)


 ジュノーンと敵対するギュントは、自身が怯えを感じている事を自覚せざるを得なかった。

 彼がジュノーンを嫌っていたのは、ただジュノーンが自分よりも民からの人気が高く、女性からも慕われていたからだ。それが気にくわなかっただけなのである。

 もとはギュントの方がジュノーンよりも名家の出である。バーンシュタイン家など最下級の貴族に過ぎないはずなのだが、ジュノーンは自らの力だけでその地位と信用を重ねていき、民からの支持を集めていた。ギュントにはそれが許せなかったのだ。

 ただ、今彼の目の前にいる銀髪の青年は、今まで嫉妬の対象として見てきた男とはまるで別人のように感じていた。

 ギュントが距離を取っている間に、また一人、また一人と仲間の死体が転がっていく。


「こ、こいつはいい! 誰かリーシャ王女を追え!」

「はっ!」


 ギュントの後方にいた騎兵二騎が指示に応え、ギュントの横を走り抜ける。リーシャ王女さえ捕まえられたなら、ジュノーンの処理は後続隊がしてくれる。そう考えを改めたのだ。

 しかし、その騎兵二騎がジュノーンの横を走り抜けようとした時である。

〝黒き炎使い〟は飛び上がるや否や、剣を持っている方の手で騎兵を肩口から斬り裂き、何も持っていない方の手から黒炎の火球を放った。

 黒炎は外れる事なくもう一人の騎兵に直撃し、馬諸共全身を覆うように燃え盛った。


「う、うわああああ! あつっ……誰かっ助けっ……!」


 馬の悲鳴と、全身燃え続ける兵士は馬から落ちながらも地面を転がり回った。

 ジュノーンは黒き炎を右手に灯し、左手には剣を構えた。


「ぐっ、て、テメェ! その炎は……ッ」


 ジュノーンが黒炎を操るという話をギュント自身、話では知っていた。だが、実際に見た事がなかった上に、ジュノーンが余程の危機の時にしか黒炎を使わなかったので、大半の者は見る機会すらなかったのだ。

 そして、この炎を見て生き残った者は殆どいないと言われている。それが目撃者が少ない大きな理由だ。


「なあ、ギュント……一つだけ確認させてくれ」


 ジュノーンは黒い炎で覆われて地面を転がっている軽騎兵に剣で突きとどめを刺すと、言葉を紡いだ。


「お前、まさか……この期に及んでまだとでも思ってるんじゃないだろうな?」


 ジュノーンの冷たい視線と凍てつく様な声色に、騎兵隊員全員の背筋に電撃が走った。それと同時に馬が怯えて制御が効かなくなり、暴れ出す。

 彼の放った殺気に、この場にいる誰しもが畏怖を感じたのである。


(やべえ、こいつはやべえ!)


 この時、ギュントを含めて彼ら騎兵隊の者全員が生命の危機を感じていた。人間の本能が自らの全身に警鐘を鳴らしていたのである。

 今、彼らの目の前にいる者は、人ならざる存在だ。言うならば、鬼神。今彼らの前に立ちはだかっているのは、鬼神なのである。

 戦えば必ず死ぬ──彼らはこの瞬間、それを悟った。

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