第15話 鬼神➂

「て、てめぇ……元仲間だろ⁉ どうしてここまで!」


 ギュントが唐突によくわからない事を言い出したので、ジュノーンは思わずその言葉を鼻で笑った。


「今更仲間ときたか」


 意気揚々と突っかかってきて、いざ自分が不利となれば『元仲間』などという単語を出す事が滑稽でならなかった。この言葉が彼の小者具合を表現しており、更に〝黒き炎使い〟の笑いを誘う。


「俺は最初からお前達を仲間だと思った事などない。それよりも、今は復讐できる事が嬉しくてたまらないんだ。お前達ローランドの薄汚れた犬共にな」

「なんだと……どういう意味だ⁉」


 ギュントがジュノーンの言葉に困惑の色を示した。

 マフバルのシュルツ家襲撃を知る者はジュノーンと当の本人であるマフバル以外は知らない。彼が知らないのも無理はない。


「話す必要はないさ。どうせお前はここで死ぬ」

「くっ、ふざけるなよ! 殺せ、突撃だ!」


 ギュントの命令に騎馬隊は呼応して恐怖を打ち払い、一斉にジュノーンに向けて突撃する。

 青年は宙に舞い、先程と同じ様に剣で頸部を、黒炎で別の騎兵を馬ごと焼いた。ギュントに率いられる騎兵は動きが単調で、彼としては扱い易くて安堵していた。

 この程度の敵であれば、ほぼ無傷で終える事ができそうだ。


「くそっ……何で歩兵が騎兵に対してこれほ──ぐぁっ」


 騎兵は言葉を最後まで言う事すら叶わず、剣で突き刺されて絶命していた。

 本来、歩兵対騎兵は歩兵に圧倒的不利で、一対多数で歩兵に勝ち目は殆どない。それを何人も屠るという事自体、有り得ないのだ。

 しかも、ジュノーンは殆ど無傷である。宙に飛ぶ際に腕や肩に槍が当たって多少は出血しているが、うまく鎧で攻撃を受けたり体を捻ったりするなどして、致命傷は避けている。それでいて相手を確実に絶命させているのだから、もはや人間業ではない。

 〝黒き炎使い〟は常に最前線の白兵戦で生き残ってきた。それも、彼が十二になった頃から自ら少年兵に志願して、命を捨てる様に戦ってきたのである。たかが三十の騎兵で抑えつけられるものではなかったのだ。


(思えば、あの時の経験が活きているかな)


 ジュノーンは戦いながら、少年兵時代の頃の戦いを振り返っていた。

 自分から志願してくる少年兵など、当初は戦力として数えられず、殆ど捨て駒として扱われた。しかし、彼は幼少の頃から鍛えた剣技と黒き炎だけで生き延びてきた。まだ体の出来上がっていない子供の頃から大人と命の捨て合いをしてきたのである。今更騎兵ごときに恐れをなす必要が彼にはなかった。

 彼が少年兵として志願した時、義父のバーナードからは特に反対されなかった。

 後に彼は『本当は戦場になど行って欲しくなかったが、止めても無駄だというのはわかっていた』とメイドに漏らしていたそうだ。ジュノーンがそれを聞いたのは、バーナードの死後だった。止めなかった理由は『ジュノーンの心の中にある怒りは日常生活では抑え切れないから』だそうだ。

 こうして戦っていると、義父の読みが如何に正しかったかを思い知らされる。彼は今、最も活き活きとしながら剣を振るっている。復讐心が満たされて行くのを感じたのだ。

 そうして復讐心を満たしているうちに、気付けば騎兵の先行隊はほぼ壊滅させていた。今や残ってているのはギュントだけだった。


「じょ、冗談だろ……?」


 ギュントは引きつった笑いを浮かべ、街道を見渡した。そこは肉塊となった彼の部下で埋め尽くされていたのだ。

 ジュノーンはまるで人とは思えぬ紅い瞳でギュントを射抜いた。


「さあ、ギュント……待望の一騎討ちだ」


 ジュノーンは左手で剣を持って半身で構え、剣先をギュントに向けた。


「じょ、冗談じゃねえ……やってられるかよっ!」

「今更逃げるのか? お前も散々俺を消したがっていたんだ……俺にお鉢が回ってきた事を証明してみせろよ」


 銀髪の美青年は剣を下ろさず、剣先をギュントに向けたままだ。ここで敵将を逃がすつもりもなかった。


「先に言ってやろうか、ギュントよ。お前が逃げようとしたなら、その背に向けて炎を放って丸焼きにする。それが嫌なら……最後くらい騎士らしく討ち死にしたらどうだ?」


 少しでも逃げる仕草を見せようとすると、右手から〝黒炎〟が放つつもりだった。剣で死ぬか、黒炎で焼かれるかの二択だ。万に一つ、ギュントに勝つ術はなかった。


「こ、降伏する! 助けてくれ……」


 ギュントは馬から降り、剣を地面に置いて両手を上げた。

 その様子を見て、〝黒き炎使い〟は冷笑を浮かべた。


「例えば、俺が降伏したとして……お前は俺を助けるか?」


 そして、青年は特段感情を込めず、淡々と言葉を放った。戦鬼の紅い瞳はギュントから一切逸らされる事はない。

 どの様な事をされても、彼はギュントを生かすつもりはなかった。理由は、彼がマフバル宰相に従う者だからだ。それ以外に理由はなかった。


「く、糞ったれがー! 死ねやぁっ!」


 自らの死を悟ったのだろう。ギュントは自棄になって剣を地面から拾うと、ジュノーンに斬りかかった。

 青年の紅い瞳がその動作を見逃すはずがなく、ギュントの剣が届く前に、剣を持つ彼の手が胴体に別れを告げていた。

 ごとり、と剣を握った腕が地面に落ちる。

 声にならぬ声を上げているギュントに対して、ジュノーンは右手でその肩を掴んだ。


「そうだ、一つ言い忘れていた」


 肩からは血を、そして鼻と目からは涙と鼻水を垂らしながら、ギュントは目の前の青年を見た。彼は冷たい笑みを浮かべている。


「お前が一騎討ちに応じたとしても──最後は丸焼きにするつもりだったさ」


 彼がそう言った瞬間、ギュントの全身を黒炎が覆った。

 どれだけ彼が地面を転がり回っても彼が絶命するまで、その復讐の炎は消える事がなかった。ジュノーンはその様を、ただじっと見ていた。

 ギュントが動かなくなって暫く経った後、地響きと砂塵が彼の方に向かってきていた舞っていた。

 軽騎兵、重騎兵からなるローランド軍の主力騎兵隊だ。ジュノーン討伐部隊として派遣された本隊だろう。目測だけでも二百を超えており、それを確認したジュノーンは大きく溜め息を吐いた。とてもではないが、単騎で勝てる数ではない。


「たかが一人にこの人数とは……ちょっと俺の事を過大評価しすぎじゃないか? マフバル宰相よ」


 ジュノーンは苦笑いをし、剣を一端地面に刺した。そして両手に黒炎を灯し、空へ掲げた。


「とは言え、やるしかないな……これも小娘の色香に惑わされたツケ、か」


 ジュノーンは自嘲の笑みを浮かべながら、その両手を振り下ろした。


「さあ、踊れ! 血に染まった輪舞ロンドを楽しもうじゃないか!」


 ジュノーンの一声と同時に、ローランド軍主力部隊先頭に突如黒炎の嵐が襲った。

 第二戦の開幕である。

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