第58話 再会

「さて、こんなところで立ち話も色々あれだろう。まずは身なりを整えて、謁見の間で詳しく──」

「ジュノーン!」


 フリードリヒ王の言葉を遮って、誰かが青年の名を呼んだ。

 中庭の入り口の方に青年が視線を向けると、そこに立っていたのは青髪の少女だった。この国の王女で、青年がいち早く会いたいと思っていた女の子だ。

 少女はジュノーンだと確信するや否や、みるみるうちにその青い瞳に涙を溜めて、彼に向かって駆け出す。

 そして、そのまま少女は、ジュノーンに飛びつくように抱き付いた。


「リーシャ……」


 ジュノーンはその少女を受け止め、名を呟く。


「あなたはバカです……」

「自分でもそう思うよ」


 銀髪の美青年は苦笑してその愛ある罵りを肯定した。

 考えれば考える程、自らの行いがバカバカしく思えた。今自分がここに立っているのは、奇跡以外の何ものでもなかった。

 彼は、今は友と呼んでいるあの火竜に、何度殺されかけたかわからないのだ。


「本当に、大バカ者です……!」


 リーシャと呼ばれたその少女は、泣きじゃくりながら彼の胸を柔らかい拳で叩く。

 この時フリードリヒ王がどんな顔をしていたか、それは想像するに容易い事だろう。ちなみにイエガー宰相は、この時の国王の表情を『苦虫を一気に五十匹噛み潰した時のような顔』と後に手記に記したそうだ。


「ほら、臭いから離れろ。もう何日も風呂に入ってないんだ」


 ジュノーンは今更ながら、自らのボロボロの鎧を見て、恥ずかしくなった。彼の姿はまさしく敗残兵のそれである。


「そんな事、どうだっていいじゃないですか……! ただ、無事に帰ってきてくれた事が、本当に……嬉しくて」


 咽び泣く姫を見て、ジュノーンは初めてそこで自らが『帰ってきた』と実感した。


(そうか……俺にとって帰ってくる場所とは、リーシャの隣だったんだな)


 ジュノーンは心の中でその暖かみに感謝し、この二週間の苦労を思い出す。

 彼はあの火竜に何度殺されかけたかわからなかった。力で敵わぬかどうかを試してみる為に奇襲を掛けた初日は、それこそ死に物狂いで逃げた。しかし、竜から人が逃げれるわけがない。

 その時は偶然途居合わせた他の竜と火竜が喧嘩を始めてくれた事──火竜の放ったブレスがその竜に当たった──で辛うじて死を免れたのだ。

 それから戦いを挑む事はやめ、会話をしようにも取り合ってもらえず、また逃げ、語り掛け、を繰り返した。山の動物を狩り、それを手土産にして会いに行くなど、涙ぐましい努力を重ねたのである。

 他の竜であれば、もっと簡単だったかもしれない。命を何度も捨てる真似をせずとも済んだだろう。

 しかし、彼は火竜以外には興味がなかった。そう、彼は火竜に一目惚れしたのだ。

 山に入って何頭もの竜が平然と歩きまわっている事には驚いたが、その中でもひと際存在感を示していたのがこの火竜だ。

 圧倒的な力を示すその金色の瞳と巨躯、そして威圧感。どうせ仲間にするのであれば、こいつだと直感したのである。

 そして、彼は幾多と死と隣り合わせになりながら、ようやく火竜と心をつなぎ合わせたのである。

 だが、これで終わったわけではない。ジュノーンにとってはこれが始まりだった。

 ハイランドの竜騎士としての、新しい生き方だ。ジュノーンは少女の肩を優しく掴み、そっと引き離す。


「……ただいま、リーシャ」


 青髪の姫は、涙を浮かべながらも笑顔を作って、応えた。


「おかえりなさい、ジュノーン」


 ──────────────────

【作者コメント】


 ジュノーンと火竜の出会いは、今後この作品が商業化する様な事があれば、そちらに収録しようと考えています。

 ローランド側の動きや、セシリーが看守を逃がす事について触れていないのも、その時の為にネタを残している、という次第。WEB版で書き切ってしまうと、書籍化した時に差異化できずに色々大変になってしまうからです。

 書籍化しなければ、きっと書く事はないでしょう。笑


 ちなみにですが、カクヨムコン用にラブコメ新作とファンタジー新作を投げる予定です。この物語が好きなら、きっとファンタジーの方も楽しめるかと思います。

 別々の日に投げる予定なので、よかったらユーザーフォローしつつお待ち下さいまし。

 引き続きよろしくお願いいたします。

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