第59話 叙任

 リーシャの試練達成と、ジュノーンの任務達成──奇しくも、各々の任務を終えて王都に戻った日が同じだった。

 ジュノーンに至っては竜騎士、しかもあの火竜を従えての帰還である。その事実に王宮は大いに盛り上がった。

 ただ、そこまではよかったのだが、そのリーシャとジュノーンの再会の仕方が良くなかった。フリードリヒ王の目前で国王を空気の様に扱い、更には二人の世界を作ってしまったのである。

 これによって国王の機嫌は飢えた火竜よりも悪くなっていたのは言うまでもあるまい。

 謁見の間で報告する前に、着替えて場に相応しい格好をしてから出直せとジュノーンを叱り、国王への謁見は翌日に持ち越された。しかも、ジュノーンは客室で過ごす様に言われ、リーシャとの面会も許されなかったのである。

 

「どうしてジュノーンと過ごす事を許してもらえないのですか! こんなのあんまりです!」


 こう不満を述べたのは、ハイランド王国王女のリーシャだ。

 せっかくジュノーンと再会を果たせて、彼の話も自分の話もたくさんしたかったのに、彼女はジュノーンと過ごす事を許されなかったのである。

 まるで幽閉する様に、ジュノーンは客間から出る事を許されず、更には面会も許されなかった。それはおかしい、とリーシャは当然ながら宰相イエガーに文句を言った。


「ジュノーンはまだ正式に我が国の騎士となったわけではありませんからな。姫様も積もる話があるでしょうが、ここは控えて下され」


 宰相はそう言ってリーシャを宥めるが、彼はこれが父王の嫉妬の表れである事を知っていた。

 かの王は、王としては〝賢王〟で間違いないのだが、娘への情が入ってくると一気に愚父となる。これにはいつも宰相は頭を悩ませていたが、ジュノーンが良くも悪くも〝賢王〟を大人にさせるのではないか、と期待するのだった。


「それでは、正式に叙任すれば……!」

「ええ、もちろんですじゃ。好きなだけお話できますぞい。彼はもう、この国の者なのですからな」


 そうイエガーが言うと、リーシャは顔をぱぁっと明るくさせた。

 竜騎士となって戻った暁には騎士の位を渡すと事前に約束が交わされている。ジュノーンがその任務を果たしたという事は、当然その約束も守られる。


「……そうでした。もうジュノーンは……私達と同じ、なんですよね」


 肝心な事を忘れていました、とリーシャは顔を綻ばせた。

 この時のリーシャは控えめに喜んでいたが、瞳にうっすら膜を張っていた事にイエガーは気付いていた。

 彼女が女として大人になるまで、そう遠くはないな、とこの時宰相は察したという。


       *


 さて、翌日である。

 服を新調して正装したジュノーンは、一晩ぐっすりと休んで、再び謁見の間へと馳せ参じた。彼にとって暖かい毛布と柔らかいベッドで眠ったのは、それこそ二週間ぶりだったのである。


「ジュノーン、参りました」


 彼は片膝をついて、恭しく頭を下げた。

 今日は玉座のフリードリヒ王の横にリーシャが王女殿下としてそこに立っている。


「うむ。まずは、私が課した課題、よくぞ果たした。ジュノーンよ」


 国王は一晩の時を経て、平静さと王としての威厳を取り戻し、ジュノーンに語り掛ける。


「私は貴公を誇りに思う。竜騎士というのは、我々ハイランド王国にとって遥か過去の栄光。今世では誰も見ぬ事ができぬと思っていた。貴公は確かに生まれはローランドの貴族かもしれん。だが、誰よりもハイランドの心を持っていた。だからこそ、あの火竜と〝友〟になれたのだろう。その功績を称え──」


 フリードリヒ王は、一瞬の間を置いてから、続けた。


「ジュノーンに、ハイランド王国唯一の〝竜騎将〟の位を与える」


 この発言には謁見の間にいた諸公がどよめく。

 それは当然だった。フリードリヒ王は、つい先日まで敵国ローランド王国の貴族だった男に将軍職を与えると言ったのだ。即ち、国家中枢の権威を与える事を意味する。

 騎士を通り越えての将軍職は歴史的にも異例であった。

 だが、ジュノーンの功績を考えれば、これも当然である。彼はハイランドでは夢物語だった過去の栄光を実現したのであるから。

 しかし、揃って諸公は反対した。その筆頭はもちろん〝疾風迅雷〟バーラッドである。

 裏切る可能性、密偵である可能性もあり信用出来ない可能性があるから、それは妥当ではない、せめて騎士の位に留めるべきだ、等の主張があった。

 ここで彼らも狡猾なのは、ジュノーンに騎士の位は与えても良い、という事だった。裏を返せば、竜騎士としての役割は果たして欲しい、という非常に弱腰なものだ。戦力としてジュノーンは欲しいが、将軍職を与えるのは許せない、というのが彼らの本音なのである。

 何とも情けない主張だ、とジュノーンは呆れていたが、その喧騒を留めたのは──なんと、リーシャだった。


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