第60話 叙任②
「ここは陛下の御前です! 皆様、どうかご静粛に願います」
リーシャ王女の声が、謁見の間に響いた。
ジュノーン、そしてフリードリヒ王も驚いてリーシャを見る。諸侯も王女の言葉に驚き、口を噤ませた。
功績を持っているのは、ジュノーンだけではない。リーシャも脱走兵に占領された村を救い、誰も解けないとされていた光の洞窟の結界も解いたという大きな功績がある。今ではリーシャの発言権もかなり大きなものとなっていた。
リーシャは場を沈めると、続けた。
「バーラッド卿……ジュノーンが裏切る可能性を示唆しておりましたが、仮にあなたがローランド帝国に密偵として潜り込んだ場合でも、同じ事ができますか?」
「同じ事、とは?」
「あなたなら敵国王の指示で竜の巣に赴き、竜騎士となって戻って来れますか、という意味です」
リーシャの手痛い質問に、バーラッドは思わず黙り込み、下を向く。
「それでは、あなたは?」
彼女はバーラッドの横に居た貴族にも訊くが、彼も何も応えなかった。応える事などできるはずがなかった。
もしここで御意と応えたならば、彼らは今すぐに竜の巣に向かわされる事になる。敵国の王の言う事が聞けるのであれば、自国の王からの〝勅命〟ならば当然に実行せねばならなくなるからだ。例えそれが無理難題と言っても、である。
無論、否定したならば自分の主張を曲げる事になる。彼らは黙る以外の選択肢がなかったのだ。
「ジュノーンは課題から逃げる事もできたはずです。ですが、彼は達成し戻ってきました。これが彼のハイランドへの忠誠の証ではないでしょうか? 私はその様に思います」
リーシャの尤もな指摘に、諸公は驚き、黙り込む。この言葉が全てであったからだ。
こういった謁見の間でリーシャが自ら意見を言う事は、殆どない。前回帰還の時と今回だけで、非常に珍しい事であった。彼女はジュノーンと出会った事により、確実に変わり始めていたのである。
宰相イエガーが真っ先にその言葉に拍手を送り、続いて他の諸公も続いた。
この拍手が実質的に〝竜騎将〟ジュノーンの誕生を意味した。
(なんだか……リーシャも少し変わったな)
ジュノーンの彼女に対しての印象も変わっていた。彼の印象では、世間知らずな王女様という認識であったが、それをこの二週間で覆らされてしまった。
今の物言いは、まるで大人である。
「それでは、満場一致でジュノーンの〝竜騎将〟の就任を認める事とする。ジュノーンよ、何か褒美を取らせよう。ハイランドはあまり裕福ではないが、可能な限り聞いてやろう」
リーシャだけは絶対にやらん、という文言が最後に付け加わるかの様な威圧的な一瞥があったが、ジュノーンは気にせず恭しく頭を下げる。
「それでは陛下、お願いがあります。ハイランド一の鞍職人をご紹介頂けぬでしょうか?」
「ほう、鞍とな?」
フリードリヒ王は意外そうに訊いた。予想すらしていなかった言葉だったのだろう。
「はい。何分、竜の背中は乗りにくうございまして……オーダーメイドで品を頼みたい所存でこざいます」
「なるほど、確かにそうだろうな。よかろう、明日にはハイランド一の鞍職人を手配し、紹介しよう」
「はっ。ありがとうございます」
ジュノーンは恭しく頭を下げた。
「それでは、叙勲式はまた改めて挙げる。後で軍議を行う故、先に会議室で待つがよい」
「軍議? 私がですか?」
ジュノーンは聞き返す。いきなり軍議にまで参加する事になるとは思っていなかったからだ。
「当たり前だ。これからはどうお前を活かすかで戦況が大きく変わる。また、ローランドの内情について詳しいお前なら、そこから策を練れるだろう。ハイランドとてあまり長い戦はできん。お前の進退にこのハイランドの未来があると思え!」
「はっ……!」
ジュノーンは改めて深々と頭を下げ、謁見の間から退場した。
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