第51話 精霊

 その次の階層が最下層だった事を知ったのは、彼女達がその階に降りた直後だった。最下層には大きな精霊石があり光が満ちあふれ、松明の必要性がなかったからだ。

 人の三倍ほどの大きさがある光の精霊石は、光を常に放ち、まるで雪の様に光を降らせていた。ヴェーダは過去に森の精霊石を見た事があるが、リーシャは初めてだった。そのあまりの大きさと神々しさに、ぽけーっと精霊石を見上げている。

 その時、二人の頭の中に声が響いてきた。


『やあ、ハイランドの王女様に高潔なるエルフのお嬢さん。僕の家へようこそ』


 精霊石の中から、西瓜ほどの大きさの光の玉が現れた。光の中に愛らしい瞳が二つほどある。


「出たわね、〝ウィル・オ・ウィスプ〟。大した歓迎っぷりじゃない」


 ヴェーダが詰め寄るように光の玉に歩み寄る。

 どうやらこの光の玉が光の精霊のようだ。


『怒らないでおくれ、美しいエルフのお嬢さん。僕にも君達の力を試す必要があったんだ』


 リーシャの後ろに隠れ、悪びれた様子もなく光の精霊は答えた。


『知っての通り、ここ最近闇の神は復活を遂げようと動き出した。あの神はこの五〇〇年間、少しずつ少しずつ力を蓄えていたんだ』


 もっとも、それを手伝う人がいたんだけどね、と光の精霊は付け足し、説明を続けた。

 光の精霊によると、闇の神は闇の信者達から生贄を捧げられ、力を得ているとの事だ。その力はもはや精霊単体では対抗できないほどにまで膨れ上がっているのだと言う。

 そして、その精霊の力をまとめ、行使する人間が必要なのだそうだ。

 

『それが君だ』


 光の精霊はリーシャの肩に止まった。


『だから、僕はこの結界を解ける者を探した。マルファ神殿からは現れないのかと落胆していたけれど、君が現れた。君はあのマルファ=ミルファリアの末裔なんだね。面影があるよ』


 大きな愛らしい瞳でリーシャをまじまじと見る。


「それで、私は何をすれば良いのですか? お母様……私の母、メアリーはここに来れば、あなたが教えてくれると言いました。私も、実際に闇の神が復活してると言われても」


 実感できません、とリーシャは付け加えた。


『君にしてもらいたい事はいくつかある』


 〝ウィル・オ・ウィスプ〟はリーシャがすべき事を挙げた。

 まず、全ての精霊石のある場所まで行き、各精霊と会って助力を得る事。次に、その精霊石の力を込めた聖櫃を受け取る事。そして最後に、全ての精霊力の力を込めた聖櫃の中に闇の神を封印してしまう事だ。

 もちろん、その説明を受けたとて、リーシャには何の実感も湧かない事には変わりない。


「簡単に言ってくれるわね……」


 ヴェーダはその説明を聞き終えると、不機嫌そうに言った。


「唯一私が知ってる森の精霊石だって〝帰らずの森〟のずっと奥にある樹海にあるし、最近は魔物も出るのよ? それに加えて、どこにあるかもわからない水の精霊石、炎の精霊石、風の精霊石、土の精霊石、闇の精霊石を探せですって? この戦乱で荒れるルメリア大陸を? どれだけ時間かかると思ってるのよ!」


 金髪のエルフはご立腹の様子だった。

 彼女の言う事は尤もだ。光の精霊石はマルファ神殿が遙か昔から保護していたが、他の精霊石はそうではない。

 もしかすると光の精霊石をマルファ神殿が保護していた様に、どこかの団体がこっそり保護している可能性もあった。或いは、森の精霊石のようにどこか人目に点かない場所にあるかもしれない。

 それを全て探せというのは不可能に近いのだ。


『き、君はなかなかに率直だね、エルフのお嬢さん……』

「ヴェーダよ。お嬢さんはやめて」


 ヴェーダは苛立ちを隠さずに訂正した。子供扱いされたようで嫌だったのだろう。そんなヴェーダが可笑しくて、リーシャはくすっと笑うのだった。


『ごめんね、ヴェーダ。君がそう言うのも尤もだけれど、でもそれをやる人間がいなくちゃいけないんだ。それも、出来るだけ早いうちに。もし先に闇の神の手先に精霊石の力を封じられてしまえば、闇の神を封じる手段を失ってしまう。そうなってしまっては遅いんだ。だから、精霊石の力を込めた聖櫃に全てを纏めてしまわないといけない』


 ヴェーダは、わかってるわよ、と足下にあった石ころを爪先で蹴り飛ばした。


『それに、何の手がかりもないわけじゃない。精霊石はその周囲の地形や気候に大きな影響を与えるからね。森の精霊石が樹海の中にあるように、炎の精霊石は気温が高いところ、逆に水の精霊石は気温の低いところにあると考えられる。各地の気候や風土、伝記を辿っていけば、おのずと範囲は狭められるはずだよ』


 なるほど、とリーシャは頷いたものの、それでも範囲が広すぎると思った。場所をある程度特定できても、そこからの探索にはどうしても時間がかかってしまうだろう。

 結局は人づてに聞いて、その地域の伝承などを当たっていくしかない。途方もない作業の様に思われた。


『どうだい、リーシャ。ヴェーダが言う様に困難なのは確かだ。君に……できそうかい?』


 光の精霊はリーシャの真ん前に浮かび、彼女の青い瞳をのぞき込んだ。


「……はい。私にしかできないのであれば、それが私の使命、いいえ、きっとマルファ=ミルファリアの血族の使命なんだと思います」


 リーシャは即答で答えた。

 無論、彼女とて自分の手にルメリアの未来が懸かっているっていうのは実感できていない。だが、ここの結界を解けてしまった。光の精霊の試練を乗り超えてしまった。それは即ち、その義務が自分にあるのだと彼女は解した。

 光の精霊はそんな彼女を見て頷く。


『君は本当にマルファに似ているね。大丈夫、君ならできる。ここに辿り着けたのはその証だ』

「ただ、気になる事もあります……」


 リーシャがおずおずと切り出した。


『なんだい?』

「闇の神の手先、とは一体誰なのですか? せめて戦う相手が解っていれば、と思って……」


 青髪の王女の質問に、光の精霊は少し言葉を詰まらせていた。

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