第52話 精霊②
──敵は誰なのか。
リーシャは尤もな事を訊いた。ヴェーダも気にしていた事ではあった様で、その質問には納得している様子だ。。
『うん、そうだね。リーシャは密議教って知ってるかい?』
「密儀教……? 確か、秘密の教えって事ですよね? 信徒以外には秘密とされている宗教儀礼、教え……門外不出にされてるっていう……」
リーシャは少し考えて、自分の知識のある範囲で述べた。
『そう、正解だよ。ハイランドに留まらず、闇の神〝メフィスト〟を信仰する宗教を承認している国は無いんだ。でも、表立って信仰していないだけで、ひっそりと密儀教として〝メフィスト〟を信仰している人は多い。〝メフィスト〟はそれらの人々とコンタクトを取り、或いは操っている可能性が高いだろうね。そして、密儀教は裏で繋がり、密かに勢力を拡大していく……末端は多いと考えた方がいい』
光の精霊はそう語った。
光の神を崇拝している国──ハイランド王国、ローランド帝国、砂漠の王国ケシャーナ朝、風のカナーン王国、エトアニア帝国、ベルラーシ公国、バロア朝──は何れも闇の神への信仰を認めていない。それが世界を破滅に向かわせる事を古代からの言い伝えとしてルメリアには深く慣習として残っているからだ。
だが、心に闇を持つ者は必ずいる。これだけ戦乱が続き、平和が遠のいていれば、闇に惹かれる者がいるのも当然の事だった。
そんな者達が密儀として〝メフィスト〟信仰を引き継ぐというのだ。
『だけれど、リーシャ達が動いていると自ずと向こうも動き出す。そのうち正体も判ってくるよ』
それはリーシャ達にとって安全とは言えないものであるだろう事は容易に予測できた。
リーシャ達が動く時とは即ち、彼女が聖櫃を集める時で、相手がそれを阻止してくる時を言っているのだ。どのみち、リーシャ一人で実現するのは到底無理な話である事は明確だった。
『さあ、僕からの話は以上だ。何かほかに質問はあるかい?』
光の精霊は相変わらず可愛らしいくりくりした目でリーシャを覗き込む。
彼女は少し考えたが、話が壮大な事もあって整理もできなかった。質問も思い浮かばなかったので首を横に振った。
『じゃあ、手を出して。君に光の聖櫃を渡そう』
「はい……」
リーシャは言われた様に両手を出すと、そこには白く光る石のようなものが現れた。
ずしっとした重みがリーシャの腕に伝わる。
『これを絶対に無くさないように、ちゃんと持っておいて』
〝ウィル・オ・ウィスプ〟は念を押すように言う。
リーシャはこくりと頷いて、鞄の中にしまった。
『リーシャ……君の秘められた聖なる力は凄まじい。もし君がその気になれば、もっと強い聖魔法も使えるだろう。どうか、その力を使う事を恐れないで』
光の精霊の言葉に、リーシャは頷けなかった。
彼女は自らが放った攻撃魔法〝聖弾〟の威力を初めて目の当たりにした。一番威力が低い護身術としての魔法で、人を吹き飛ばし気絶させてしまったのだ。
そんな魔力でもっと強い魔法を使ってしまったら、一体人はどうなってしまうのだろう?
それを考えただけでも怖かったのだ。
『もし君が力を求めるのであれば、僕は必ず君に力を貸そう。人を傷つける事を、恐れないで』
リーシャは光の精霊の言葉に、迷った末に頷いた。
光の精霊の力──それは、リーシャが持つ聖魔法よりも、さらに強大な力だ。それは人たる者に向けて良いとも思えなかった。
だが、これから戦う敵は、闇の神だ。そうとも言っていられないだろう。
「さて、〝ウィル・オ・ウィスプ〟……? 私の方からもお願いがあるのだけれど」
話が一段落したこともあり、ヴェーダは切り出した。
『ああ、解っている。ヴェーダの召喚に応えればいいんだね』
わかってるじゃない、と美しいエルフは片目を瞑ってみせた。
ヴェーダはエルフ語で何やら言葉を唱えると、光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟と彼女の間に白い糸の様なものが結ばれた。
ヴェーダと〝ウィル・オ・ウィスプ〟の共鳴である。これで彼女は、〝シルフ〟や〝ドリヤード〟を召喚する様に、光の上位精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟を召喚できるようになったのだ。
『こうして考えると、リーシャのパートナーが精霊使いの君であった事も、非常に運命的だ。精霊の声を聞ける彼女がいれば、精霊石を探す道のりも大幅に短縮されよう。それでは、君たちの幸運を祈っているよ。いつでも呼び出してコキ使ってやってくれ』
そこまで言って、〝ウィル・オ・ウィスプ〟は姿を消した。
リーシャはふぅっと溜め息を吐く。
同時にいきなりどっと疲れが出てきて、壁にもたれかかった。
緊張が解けてここ数日の疲れが一気に出てきたのだ。
「なんだか……凄い事になってしまいましたね」
ジュノーンが竜を捕らえるのと同程度に自分では無理なのではないかと言う難題を任された気がした。
「ええ、私達だけじゃ到底無理な話ね。〝ウィル・オ・ウィスプ〟がこんなに無責任な精霊だったなんて知らなかったわ。本当にコキ使いまくってやるんだから」
ヴェーダは怒った様に言った。
実のところ、彼女の怒りの矛先は光の精霊でなく、別のところに向いていた。
〝ウィル・オ・ウィスプ〟が『運命的』だと言ったが、ヴェーダからすれば、おそらく祖母がここまで見越して自分をリーシャに同行させたのだと思えたのだ。
リーシャの手助けをする事に美しいエルフは何の不満はないが、手のひらで踊らされている様な感覚に陥ってどこか腹が立っていたのである。
「ま、まあまあ。でも、私達だけでは厳しい事には変わりません……」
ヴェーダが言った言葉に、リーシャは納得せざるを得ない。今回もヴェーダが居なければ達成できなかったのは明白で、次からはもっと難しくなる事も想像に容易い。
その時青髪の王女の頭に浮かんだのは、銀色の髪をして黒いマントを羽織った美青年だった。彼が一緒ならば、この大役もこなせるのではないか、と考えたのだ。
(ジュノーン……)
リーシャは特別な想いを抱いている男性の名を心の中で呟く。
マルファ神殿までの道中も本当は彼の事がいつも気になっていた。竜にやられてはいないか、怪我はしていないか、病気になっていないか……ふと気付くと彼の心配ばかりしていた。
だが、今は自分にも使命があり、それに応えなければならなかった。とりあえずは母から課された使命を終えて安心した今、余計にその気持ちが強くなったのだ。
(……早く、あなたに会いたいです)
そう、リーシャは心の中で呟いた。
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