第53話 帰還

 青髪の王女リーシャと美しいエルフ娘ヴェーダは、一旦マルファ神殿に戻り神殿長に結界が解けて光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟とを報告した。

 これから精霊石を探さなければならない事や、闇の神が復活しつつある事などは上手く伏せ、光の洞窟と精霊石の警護を重くするようにとだけ伝えたのである。

 マルファ神殿の神殿長であれば、わざわざ伏せる必要もないかとは思ったのだが、これは万が一にもに備えての事であった。

 光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟が言っていた密儀教──彼らには、今後警戒が必要だろうと彼女は考えたのだ。

 もし、誰かに話した事によって、リーシャ達が精霊石を探している事が密儀教の者に知れたなら、それはリーシャ達に危険が迫る事になる。

 神殿長に隠し事をするのは気が引けたが、敵の正体がわからない上に、無暗に話すとこの神殿をも危険に晒す可能性もあった。なるべく危険は避けたい事もあり、余程信頼できる仲間にしか言わない方が良いだろうと二人は判断したのだ。

 無論、マルファ神殿の中に密儀教の者がいる事などとは彼女達も信じていない。しかし、そこから漏れてしまう可能性はある。彼女達はそれを危惧したのだ。


「本当に……誰に伝えて良いかもわかりませんね」

「ええ。とりあえず、この事を伝えるのは国王夫妻だけにしましょう」

「あと、ジュノーンも、です」


 忘れないで下さい、と王女はエルフ娘を見据えて言う。

 ヴェーダは「そうだったわね」と応え、苦い笑みを浮かべた。

 実際に彼がいつ戻ってくるのか、そして生きて戻ってこれるかの保証もなかったので、彼女としては敢えて名を出さなかったのだろう。

 だが、リーシャは彼の帰りを信じている。だからこそ、しっかりとその名を出したのだった。

 それからリーシャ達は疲れが溜まっていた事もあり、丸一日マルファ神殿でぐっすり休んでから、ハイランド王宮へと帰還した。

 リーシャ達が王宮に帰還したのは、彼女達が光の洞窟へ向かってからちょうど二週間程が経過した頃だった。

 たった二週間であるはずなのに、王宮を見たのは随分久しぶりだと感慨に浸ったものだった。

 王宮に帰還したらゆっくり休もう──そう思っていたリーシャ達だったが、城に戻るや否や、英雄の凱旋帰国のような扱いを受けた。リーシャ達が脱走兵を討伐した事が広まっていたのだ。

 更には、マルファ神殿の者が誰一人として解けなかった光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟の結界を解いたとの話題も相まって、ハイランドでのリーシャの評価が大きく変わっていた。

 つい先日までは、親に甘やかされて育ったという印象しかなかった王女が、今この国に最も必要な人間なのでは、と民が思い始めたのだ。

 

「おお、我が娘よ! 父と再会の抱擁を!」

「お、お父様……さすがにそれは、恥ずかしいです」

 

 娘の成長ぶりに涙する父王を、リーシャは苦笑いを浮かべながらいなしたものだった。

 リーシャ達は帰還するや否や予想外の歓迎を受けたが、それらを父王と同様に軽くいなし、メアリー王妃の屋敷へと向かった。とは言え、そこにはフリードリヒ王も同席しているのだが、メアリー王妃がいれば彼も大人しくなるのだ。

 ハイランド王国は〝賢王〟の手腕の御蔭でローランド帝国の侵攻を妨げていると言われているが、その〝賢王〟が全く逆らえないのがこの王妃である。惚れた者の弱みというところだろうか。

 威厳ある王が、妻には頭が上がらぬというのは、何とも滑稽なものだった。それが故に、民はこの国王夫妻に人間味を感じて、忠誠を誓っているのではあるが。

 かくして、リーシャ達はまずは国王夫妻に、〝ウィル・オ・ウィスプ〟から聞いた言葉を伝えたのだった。

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