第54話 報告
「まさか、そんな事が……!」
リーシャが光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟から聞いた言葉をメアリー王妃に伝えた時、彼女は軽く眩暈を起こしていた。
リーシャがローランド王国までペルジャ草を取りに行った御蔭で、王妃の体力は随分と回復していた。だが、まだまだ本調子には程遠そうだ。
「ああ……あなた。どうしてリーシャが」
「……仕方ない。ミルファリア神がそう望んだのだ」
二人はその話を聞いた瞬間に、自分達の愛娘が危険な道を進まなければならない事を理解したのだ。
それはもはや、世界の意思。二人がどれほど反対しようにも、世界がリーシャを求めている事を悟らざるを得なかった。
メアリー王妃とて、マルファ=ミルフィリアの血族である。五大使徒の血族たる役目については重々承知していた。
だが、この五百年はこの様な有事は無かった。それが何故自分の娘なのだろう、せめて自分であればよかったのに、と悔しく思っていたのだ。
だが、世界の意思はメアリーではなくリーシャを選んだ。それが全てだった。
「密儀教か……我が国内にもおそらくはいるのであろうな」
あまり考えたくはないな、とフリードリヒ王は溜め息を吐いた。
ハイランドの民に闇の神を信仰する者などいてほしくないというのが国王としての本音だ。しかし、終わらぬ戦争、悲しみの連鎖から心を病んだ者が闇の神に救いを求める事は大いに有り得る。
また、闇の神は自らの憎む者への殺意を許容する。戦争と復讐を正当化し、助長させてしまうのだ。
「だが、リーシャにその使命があったとしても……今の状態では厳しいぞ。まず、どうやって各国を移動する?」
フリードリヒ王が提示した疑問に、リーシャ達は黙り込むしかなかった。
仮に〝帰らずの森〟をまた抜けてローランドに出ても、ローランド領内で敵に発見されずに他国領土に入る事も困難だ。また以前の様に捕縛されてしまう可能性が高いだろう。それこそジュノーンが命を張った意味がなくなってしまうのである。
今唯一行ける場所は、〝帰らずの森〟の奥地にある〝ファンダリアの樹海〟だ。その樹海に精霊石があり、そこには木の精霊ドリヤードがいるはずだ。
最近は魔物が異常発生していてエルフと言えども安易に近づけない。また樹海と呼ばれるだけあって道も複雑である事から、リーシャとヴェーダのたった二人で切り抜けるのは困難だった。
「陛下、手練れを数十人ほどリーシャ王女に御同行させる事はできませんか? それならば、森の精霊石には辿り着けるかと思います」
ヴェーダは進言するが、国王は唸って首を横に振った。
「無理だ。今は限界の人数で守りをさせている。これ以上は割ける兵がない。それに、その様な余裕があるのであれば」
脱走兵に村の占拠などさせるはずがないだろう、と国王は舌打ちをして付け足した。
リーシャ脱走兵討伐の報告は、フリードリヒ王にとっては、喜びと同時に自分の尻拭いを娘にさせてしまった事の悔しさや情けなさを同時に感じさせるものだったのだ。
「いずれにせよ、我が国には時間も余力もない、という事だ」
国王は溜め息を吐いて、苦い笑みを作った。
リーシャが救った村は、数あるうちの一つに過ぎず、山賊や脱走兵に苦しめられている小さな村は他にもあるはずだ。対して、それらを確かめる余裕もないほど、今ハイランドはギリギリの状態でローランドとの境界線維持に苦労している。
国境付近の小競り合いはリーシャがマルファ神殿に行っている間にも生じたそうで、ローランドは着実に少しずつハイランドの国力を削る作戦に出ている様だ。
「こうなってくると、ジュノーンがいないのは痛いわね」
ヴェーダは忖度なく言った。
もし一騎当千の〝黒き炎使い〟がいたならば、〝ファンダリアの樹海〟も難なく抜けられただろう。竜の巣まで行って呼び戻す事も一瞬考えたが、あの男の頑固さから言って素直にいうことを聞くとは思えない。
それに、まだ生きているという保証もなかった。
「やはり、ローランドとの戦争を終わらせる事が先ですね……」
リーシャはぽつりと呟いた。
戦争が終われば移動も、そして各地の治安の安定も、闇の神への信仰も防ぐ手だてが考えられる。
だが、それが出来ないから今の窮地にハイランドは立たされているのだ。
結局のところ、彼女達は八方塞がりだったのである。
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