第55話 急報

 メアリー王妃の館に沈黙が満ちた時である。王妃の屋敷に急報が舞い込み、報告兵が部屋に飛び込んできた。


「へ、陛下! 急報です!」

「貴様、ここがどこだか解っているのか! 無礼だぞ!」


 内密な話をしている最中な事もあり、フリードリヒ王は滅多に飛ばさぬ怒号を飛ばした。


「も、申し訳ありません! で、ですが……」


 報告兵は慌てて謝罪するも、続く報告にフリードリヒ王は戦慄を覚えた。


『巨大な生物がハイランド上空に飛来。赤く巨大な鱗で覆われ、大きな蝙蝠の様な両翼を持ち、その姿はまるで先代国王が手記に記した火竜の様な出で立ちであった』


 という内容であったのだ。


「か、火竜だと⁉ 貴様、それは本当か!」


 滅多に声を荒げないフリードリヒ王が、再び大声をあげて兵士に詰め寄る。


「は、はっ! 王宮の方に向かったとの報告を受けました!」


 兵士は国王の怒号に怯えながらも報告文書を読み上げる。


「ば、馬鹿な! どうして火竜が……!」


 フリードリヒ王の頭の中では様々な憶測が飛び交っていた。

 竜の巣の食糧を食い尽くした為に麓まで食糧を探しに来たか、それとも竜の巣に行ったジュノーンが火竜の怒りを買いその復讐で人類に攻撃を仕掛けてきたのか、それともただの気まぐれか。

 火竜がハイランドに訪れる様々な可能性が考えられたが、どれもしっくりと来ない。竜が竜の巣から出て王国に飛来した事など、過去の文献を遡ってもないからだ。


「メアリー、リーシャはこの屋敷から離れるな。もし火竜がここに近付いた時は地下の食糧庫に身を隠せ。地下にいれば竜の炎の吐息を防げるはずだ。いいか、絶対についてくるんじゃないぞ!」


 フリードリヒ王は最後にヴェーダに対して「二人を頼んだ」と言い、部屋を飛び出して行った。

 一方のリーシャとヴェーダ、そしてメアリーは顔を見合わせる。

 国王は絶望的な予想しかしていなかったが、彼女達は別の可能性を考えていたのだ。

 〝彼〟が経ってから、今日で二週間経つ。もしも、事が上手く運んだならば、帰ってくる頃合いだ。


「お母様、馬を二頭お借りしてよろしいですか?」


 リーシャは神妙な表情で母を見ると、母はにこやかに頷いた。


「ええ、迎えに行ってあげなさい」

「はい、お母様!」


 リーシャは元気よく頷き、馬舎へと向かった。

 これまでの歴史上で、竜が人の住む里を襲った事はない。しかし、それが事が起こるとすれば──それは、歴史が変わった時だ。

 歴史を変えられる者など、そう何人もいない。

 しかし、リーシャとヴェーダは、それを可能とする人物に心当たりがあった。

 ジュノーン=バーンシュタイン──彼女達が最も信頼を置く、元敵国の下級貴族だ。不可能を可能にするその大胆さと強い意志を持つ騎士である。

 彼であれば、過去に誰も使役できなかった火竜でさえも味方にできてしまうのではないか──彼女達は、確信にも似た思いを持ち、王宮へと向かったのだった。

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