第68話 宮殿

〝ゲテスター〟の宮殿内の雰囲気はローランドやハイランドの城や王宮内とは大きく違っていた。

 ガラスで作られたシャンデリアや、動物皮が多様された絨毯、繊細な生地の織物など、そのどれもがハイランドやローランドにはないものだった。織物文化で言うと、ケシャーナ朝は両国よりもかなり進んでいると考えて間違いない。

 砂漠は昼夜で温度差が激しい事が有名で、昼は暑く夜は寒い。そういった気候に対応する為に、織物文化が発達していったのだろうとジュノーンは推測した。

 ジュノーンとリーシャは待合室に通され、紅茶を出された。無論、茶に何が入っているのかわからないので、手をつける事はない。さすがにケシャーナ朝が客人に毒を盛るなどとは考えたくはないが、彼らからすればからの客人である。怪しんで何かしら手を打ってくる事も考えられたので、警戒は怠るべきではないだろう。

 ジュノーンは周囲の音の気配から空気の流れまで注意を払いながら、そのまま待合室で過ごす。

 すると、そこで待たされる事約数十分……一人の男が背後から二人に声をかけてきた。


「待たせて悪かった。貴公らが噂のハイランドからの使者か?」


 二人は同時に振り向いた。


(この男……いつの間に後ろに? 全く気配を感じなかったぞ)


 ジュノーンは訝しむ様にして、声を掛けてきた男を見る。

  男はターバンを巻き、黒い髪に浅黒い肌、そして黒い髭を蓄えていた。中肉中背ではあるものの、この男からは確かな覇気と力を感じた。

  

(何者だ……? 只者ではない事はわかるが……)


 ジュノーンはポケットに忍ばせた小さな笛を手に取った。

 これは火竜ルドラスを呼び寄せる〝竜笛〟という代物だ。竜騎士はこの笛を用いて竜を呼ぶ事ができるのである。ハイランド王宮には先祖から竜騎士として必須道具の〝竜笛〟を代々受け継がれてきており、それがジュノーンに託されたのだ。この竜笛さえあれば、多少の距離があれどもすぐに使役した竜が駆けつけてくれる。吹いたところで音はしないのだが、竜にだけは聞こえるらしい。

 万が一リーシャに危険が及ぶ場合は、火竜ルドラスにこの城に攻め込ませるつもりだ。その場合は火竜の力で強行突破で脱出するしかない。

 緊張した面持ちでジュノーンはその浅黒い肌の男と視線を交わす。すると、男は「ふむ、なるほど」と頷いた。


「銀髪の黒い騎士に、青髪の王族風の女、か。報告通りだな」

「……報告?」

「いや、我が国は人の出入りが多い分、目立つ人間は監視する事を義務付けられている。怪しい者は王宮に逐一報告されるのだ。貴公らが街に入った時から、こちらには報告が来ていたのさ」


 浅黒い肌の男は鼻で笑い、ジュノーン達を一瞥する。


(気付かなかった……!)


 ジュノーンは心の中で舌打ちした。

 砂漠の国は人の出入りが激しいと聞いていたので、まさか目を付けられるとも思っていなかった。完全に警戒心を怠っていたのだ。

 青年は自らの失念を恥じた。もしらに攻撃の意思があれば、いつでも攻撃を仕掛けられたのである。

 ジュノーン一人であれば問題ないが、王女殿下であるリーシャも同行している。彼女だけは何があっても守らねばならないのに、とんでもない失態である。

 

「それで、あなたは?」


 リーシャはおずおずと伺う様に訊いた。


「ああ、挨拶が遅れたな。俺はケシャーナ朝国王スルタン・バルクークだ」

国王スルタン……バルクーク王⁉」


 ジュノーンは名を聞いて慌てて膝をついて、頭を下げた。リーシャはよくわからなかったが、ジュノーンが慌ててそうしたので彼の行動に倣った。

 スルタンとは、奴隷王朝での君主の意味で、国王の地位にある者だ。

 従って……今この場にいる男とはケシャーナ朝の王位にある男なのである。

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