第24話 妖精
ジュノーンは人生で初めてエルフを見た。リーシャからここがエルフの森であるとは予め聞いていたが、実際見ると、やはり驚いてしまう。
エルフの女は、腰にレイピア、背中には弓を背負っていた。
「あはは……バレちゃいましたか?」
いきなり現れた亜人に対して警戒心を強めていたジュノーンとは裏腹に、リーシャは苦笑いをして頬を掻いていた。
どうやら二人は顔見知りのようだった。その様子を見て、ジュノーンは剣から手を離して警戒を解く。
「久しぶりね、リーシャ。随分大きくなったわねぇ」
エルフの女性が木から飛び、二人の前に降り立った。
近くで見ると、このエルフが尚美しいということがわかる。どこか人間味がない、神秘的な美しさだった。
「ヴェーダ!」
リーシャがエルフの女をヴェーダと呼び、抱き付いた。どうやらかなり親しい間柄らしかった。
ヴェーダと呼ばれた女性はまるで可愛い妹をあやすように、リーシャの頭を撫でた。二人を見るジュノーンの視線に気付いたのか、ヴェーダが銀髪の青年に目を向ける。
「この方は?」
「あ、すみません。ついはしゃいでしまいました。この方は、ジュノーンと言います。ローランド帝国の伯爵で、私の恩人です」
リーシャは少しジュノーンを見て、少し照れた様子でエルフ娘に彼を紹介した。
「なに? リーシャ……あなたまさか、わざわざ結界を解いて敵国の男に会いに行ってたわけ?」
「ち、違います!」
エルフ娘のからかいに対して、リーシャが慌てて否定する。
その流れで、リーシャは自分がローランドに入った事情を簡単に説明した。その説明を受け、ヴェーダと呼ばれたエルフ娘は彼女の一連の行動に納得した様子だった。
(いや……もしかして、この女は予め事情を知ってたんじゃないか?)
ジュノーンはエルフ娘を訝しむ様に見た。
リーシャの行動は、王族として愚かである事には変わりない。その事情を知っても呆れすらみせないところを見ると、予めリーシャの事情を知っていると考える方が自然だった。
「リーシャの母君は昔から体が強くなかったものね……それでリマの草原に行ったって事ね。私に言ってくれたら取りに行ってあげたのに」
ヴェーダはリーシャと話しつつも、ジュノーンの一挙手一投足を横目で確認していた。
どこかヴェーダという女性はジュノーンに警戒しているようだった。それがジュノーンが男性だからなのか、別の意図があるのかはわからなかったが、彼にとってあまり居心地の良いものではなかった。
「そんな……ヴェーダやエルフの皆に迷惑かけられません」
「結界破られるだけで大迷惑なのよ、こっちは。ドアを開け閉めするのとは訳が違うのよ?」
ヴェーダは呆れた様に言う。
エルフにとって、自らの領地を守る結界は死活問題なのだそうだ。もし結界を解かれても気付かなければ、それは種族絶滅の危険も有り得る。
「すみません……でも、結界を解いた事が見破られるとは思っていませんでした。痕跡を残さない様に、慎重にしたつもりだったんですが」
「他のエルフは誤魔化せても、私や御祖母様は誤魔化せないわよ。ちょっとした波動の違いを感じるの。森の声も教えてくれるしね」
「そうでした。私もまだまだです」
青髪の王女は首を少し傾けてジュノーンに困った様な笑みを向けた。
なにがなんだか解らないジュノーンは、やや気まずさを覚えながらも、成り行きを見守っていた。そんな彼の視線に気付いたのか、リーシャは慌てて紹介した。
「あっ、すみません。ジュノーンに紹介するのを忘れていました。この人はヴェーダ。私が小さい頃、お母様と何度かエルフの里を訪れた時に、いつも遊び相手になってくれてた人です」
ヴェーダはジュノーンに一礼するが、彼女はまだジュノーンに対する警戒を解いていないようだった。
そんな彼女の内心にも気付いてはいたが、ジュノーンも続けて頭を下げる。
「……この人がわざわざ牢獄からリーシャを逃がして、一個小隊を半壊させたっていうの? 信じられないわ」
ヴェーダはリーシャに視線を戻し、真面目な表情で訊いた。
「えっ……知ってたんですか?」
リーシャはぎょっとしてエルフ族の娘を見た。
まさか、今会ったばかりの彼女がその事情を知っているとは思わなかったのだろう。
「ええ、御祖母様が教えて下さったの。ローランド帝国に捕まったと知った時はどうしようかと思ったけれど、その後すぐに逃げたって聞いて安心したわ。ここ数日、御祖母様は水晶玉から目を離さなかったのよ。私が何を聞いても教えてくれないし」
困ったものだわ、とヴェーダは肩を竦めた。
「すみません……」
リーシャは肩を落として、ヴェーダにもう一度頭を下げた。
「本当に気をつけなさい。あなたの行動次第で国が亡ぶ事も有り得るのよ? もっと王族としての自覚を持つべきだわ」
「はい……今回の一件で身に染みました」
ヴェーダの説教に、リーシャはうなだれた。
彼女の説教も尤もだ。実際にジュノーンが助けていなければ、ローランド帝国は間違いなくハイランド侵攻の大きな足掛かりにされていたことだろう。
「今こうして私がここに立っていられるのは……本当に、ただ運が良かっただけです。ジュノーンには感謝してもし切れません」
リーシャはジュノーンの方を見て、困り顔で微笑んだ。
その笑顔には、ジュノーンへの確かな信頼がある。
「ふぅん……この人が、ねぇ」
そんなリーシャの笑顔を見て、ヴェーダはジュノーンの全身を舐める様に見た。
どことなく警戒され、品定めしているその視線にジュノーンは若干の不快感を持つのだった。
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