第23話 結界
ローランド城の会議が躍るさ中、〝黒き炎使い〟ジュノーンと〝ミルファリア五大使徒の子孫〟リーシャは無事〝帰らずの森〟の入り口に辿り着いていた。
ここに至るまでも獣道のような森の中を進んできたのだが、この〝帰らずの森〟の周囲だけは雰囲気が違った。
どこか神秘的というか、心が安らぐものを感じるのだ。風にそよぐ草木も何か声を発している様な感じがして、草木の香りも気持ちが良い。ただ、そんな自然を全身で感じる余裕はあまりなかった。
ジュノーン達がローランド市街を脱出して、既に丸一日が経過している。その間ほとんど休まずに移動していたので、二人に疲れが見え始めていたのだ。
「リーシャ、大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です!」
馬上でやや疲れた表情を見せていたのでジュノーンが心配していると、リーシャは気遣われている事に気付いて慌てて笑顔を作っている。
しかし、大丈夫なはずがない。彼女は王女の身でありながら、単身で戦争相手の国に乗り込み、ほんの一日前まで牢獄の中にいたのだ。そこから日夜休まず進んできて、疲れていないはずがないのである。
(休ませてやりたいのは山々だけど、さすがにローランドを抜けるまではな……)
今頃ヘルメス将軍も躍起になってジュノーン達を探し回っている頃合いだ。いつ追っ手が来てもおかしくない状況である。
本当はジュノーン自身も寝転がって休みたい程疲労が溜まっていた。リーシャの治癒魔法で死は免れたが、体力の方はまだ完全に元通りというわけにもいかなかったのだ。
「森を抜けるのにどれくらいかかるんだ?」
「歩き詰めで一日かかるかどうかといったところでしょうか……? 結界を解いてしまえば、後は真っ直ぐ歩くだけなので」
「そうか。馬上であれかもしれないが、森に入ったら寝てもいいぞ」
「はい……ありがとうございます」
リーシャは振り返り、笑みを浮かべた。心なしか、やはりその笑みにも疲れが見えた。
寝ずに戦に明け暮れた事もあるジュノーンはまだ体力的には少しばかり余裕があるが、彼女にとってこの様な経験は初めてのはずだ。追っ手から逃れられつつある状況故に緊張も消え、疲れが一気に押し寄せているのだろう。
だが、〝帰らずの森〟の結界を解いてもらうまでは、彼女に休んでもらうわけにはいかない。
そして──ジュノーン達を乗せた馬は、遂に〝帰らずの森〟へと踏み入れた。
森に入った瞬間、空気と気温が変わった。空気は先程の森よりも澄んでいて、温度もぐっと下がって一気に肌寒くなったのである。
(ここが〝帰らずの森〟か……)
ジュノーンは周囲の木々を見回して、不思議な気持ちに見舞われた。そこはまるで異世界のようだったのだ。木々や葉の色も青色に近いものが多く、どれも見たことがない植物である。植物自体がうっすらと光を放っていて、この森の幻想性を強めていた。
だが、その幻想性はある種恐怖も感じさせている。一度踏み入れたならば、二度と出る事は叶わない──まるでそう草木に言われている気がしたのだ。
「それじゃあ、気合い入れていきますねっ!」
リーシャは普段より明るい声を上げて馬上で伸びをすると、勢いよく馬から飛び降りた。どう見ても空元気であった。
「大丈夫なのか?」
「はい、どんとお任せて下さいっ」
リーシャは自らの小ぶりな胸をどんと叩いた。
その空元気な言いぶりが全く大丈夫でなさそうなのがジュノーンにとっては不安だった。
彼の不安とは裏腹に、リーシャが古代神官語と思われる言葉を呟くと、大気の流れが変わり、リーシャを中心に風が流れる。
彼女が宙に五芒星を描くと、その五芒星は光輝いた。
「光の神ミルファリアの名に於いて、かの結界を解き放て」
リーシャが呟くと、風が柔らかくなって、空気も暖かくなった。
何か壁のようなものがなくなったのは、魔法に疎いジュノーンでもわかった。他には特段目に見える変化はないが、ジュノーンは剣の柄に手を当て周囲を注意深く見渡す。
敵襲や魔物が襲ってきたりしないか、不安になったのだ。
「これでもう通れます」
リーシャは息を吐き出すと、ジュノーンに疲れた笑みを向けた。
おそらく結界を解く事は相当体力を要するのだろう。目に見えて彼女が疲れているのがわかったからだ。
「リーシャ、本当に大丈夫か?」
「はい。ご心配ありがとうございます。少し疲れましたけど、まだ全然歩けますので」
気にしないで下さい、と青髪の王女は付け足した。
本人が大丈夫というならば、進めるうちに進んでおこう。本当にきつそうであれば、森の中に入ったところで休憩すれば良い。ジュノーンはその様に判断し、そのまま森の中に足を踏み出そうとした。
その時──不意に木の上から声がかけられた。
「そんなにポンポンと結界を解かないでほしいわね」
その声と共に、ジュノーンは再び剣の柄に手をかけ声がした方に視線を送る。周囲の気配には気を配っていたつもりだが、全く気配を感じなかったのだ。
「あっ……!」
ジュノーンはその声の主を見て驚きの声を上げた。
高い木の上にいたのは、長い金髪の美しい女性だった。長身細身で、緑色の短衣の上にプレートメイルを装着していた。
そして、最も特徴的だったのは、尖った耳──そこにいたのは、エルフ族の女だったのだ。
エルフ族の女は、呆れたような顔をしながら、その緑色の瞳を彼らに向けていた。
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