第22話 会議
──ハイランド王女、国賊ジュノーン共に逃す。
その報告を聞いた時、マフバルは円卓をこれでもかというくらい強く叩いた。
「バカな! 二〇〇もの兵を差し向けて二人を逃しただと⁉ ヘルメス将軍、貴公は何という不始末を……!」
「た、大変申し訳ありません。ですが、部下の報告によりますと、ジュノーンは負傷している上に、まだ国境関所付近には現れておりません。このローランドの領内にいる限り、奴らは袋の鼠ではないかと……」
ヘルメス将軍は冷や汗をかきながらも、イグラシオから届けられた報告文書を読み取って言った。
マフバル宰相はその報告書を奪い取り、目を通す。
この報告書に記された、イグラシオ師団とその先行隊であるギュント師団の状態がとにもかくにも酷い。ギュント師団は全滅、戦のエリート集団で編成されたイグラシオ師団も半壊状態だった。
敵はジュノーンたったの一人だ。その一人を相手に、こちらは八〇もの死者を出しているのだ。これはマフバル宰相・ヘルメス将軍にとっても大きな痛手だった。〝黒き炎使い〟の実力を見誤ったというべきだろう。
「ふむ……だが、袋の鼠であれば、捕えられるのも時間の問題か」
マフバルはそこで、安堵の息を吐く。
ローランドはそれなりに領土の広い国であるが、ハイランドへ向かう道は関所以外にない。逃げた方向もわかっているので、いずれ包囲網には引っかかるだろう。
だが、そこでマフバルの頭の中にふと一つの疑問が引っかかる。
「そういえば、リーシャ王女が採ったローランド領土への侵入経路は洗えたのか?」
「いえ、それがまだでして……本人も国境を渡ったとしか言わなかった故に」
リーシャ王女がどこからローランド帝国に侵入したのか──これは、ローランド首脳陣の頭を悩ませている問題の一つだった。
「国境、か……」
マフバルはその言葉にも引っかかりを覚えた。
国境=関所という概念に囚われていたが、彼女は関所という言葉を使っていない。言ってしまうならば、ハイランドからローランドへ抜ける道があるのであれば、どこかで国境を通過している事にはなる。
「関所以外からの侵入は?」
マフバルは再三確認の取った事を訊いた。
関所は許可なく通り抜けられるはずがない。また、関所の見張り兵への聴取からも、人が通った形跡はなかったという。彼らが買収されていなければ、の話ではあるが。
だが、かのハイランド王女は国境という表現を使った。マフバルは、何か別の方法でリーシャが国土に侵入してきたと考え始めていた。
「おそらく有り得ません。国境東の〝魔の谷〟は未だ多くの魔物の巣窟です。しかも谷も険しい為、たった一人で少女が何の装備もなく越えられるものではないでしょう。関所付近の国境は常に警備が厳戒体制の為、鼠一匹通る事はできません」
そうなのである。大きな軍隊で関所を突き抜けてくるか、〝魔の谷〟から迂回して来ない限り、ハイランドからはローランドには立ち入れるはずがないのだ。だからこそ戦はこれほど長引きになり、互いに一歩も譲らないのだ。
ウォルケンス王の父君バハヌス四世は、一度〝魔の谷〟を越えてハイランドに戦争を仕掛けようと軍を差し向けた。しかし、あまりの魔物の多さと厳しい谷ゆえに谷越えは不可能という結論を出した。
仮にこの均衡が破られたならば、ローランドは一気に窮地に立たされる事になる。それはハイランドとて同じ事だ。どちらかが無害で侵入できるという事は、相手にとっても同じ事が言える。
「他にあるとすれば、国境西の〝帰らずの森〟ですが……あそこも有り得ないでしょう。あそこを抜けられるのであれば、既に我々がハイランドに滅ぼされているはずです」
「うむ……そう、だな」
〝帰らずの森〟についての資料はマフバルも目を通してある。ローランドの祖先は過去幾度となく〝帰らずの森〟に侵攻し、その全てを失敗している。
ただ、それはあくまでも過去の記録であり、今を生きる者は〝魔の谷〟のような『越えられない』という実績がない。
それが不安要素ではあるが、今は〝帰らずの森〟への索部隊を編成している余裕はなかった。
マフバル宰相はヘルメス将軍に再度国境付近の捜査と山狩り部隊の編成を指示し、宰相と将軍による会議は閉じられた。
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