第81話
ケシャーナ朝の侵攻開始から、半月が経った。ケシャーナ朝スルタン・バルクーク率いる一万の侵攻兵は、まるでローランド帝国軍を嘲笑うかのようにローランド領地内を駆け巡っていた。
南下してきた三万の国境駐屯兵と正面から戦うという真似はせず、細々と引っ掻き回し、隙を見せれば致命傷を負わせるなど、バルクークが智将としての手腕を存分に発揮している。彼程の智将が陽動に徹すると、こうまでもローランド軍を翻弄できるのだ。その行く先々でちゃんと村々を略奪し、食糧を奪っているところも憎らしい。
騎兵中心で作られたバルクーク軍は自由にローランドを走り回り、ジュノーンから聞いていた攻めやすい城を落して帝都に向かっていた。
陽動にしてはやり過ぎであるが、これも後の交渉の為である。バルクークはハイランド軍が敗北する可能性も視野に入れつつ行動しているのだ。竜砂同盟の通りハイランド軍が勝つなら約束通り南部の領土を貰い受けるだけであるし、万が一負けたならば占領した地に軍を配備して自国領にするまでである。バルクーク王は傭兵上がりという事もあって、そのあたりの抜け目はない。
そして、舞台は本戦の主戦場となるディアナ平原はというと──目前に広がる広い平原を堺に、三万と三万の兵が睨み合っていた。
ハイランド軍の中央軍はフリードリヒの部隊、西軍部隊がバーラット、東軍部隊をラーガが担っている。天気は晴れ渡り、まるでこれから血戦が繰り広げられるとは思えぬ程爽やかな陽気であった。
ディアナ平原は名の通り見晴らしの良い平原で、障害物などは何もない。単純に兵力と兵力の力の差が勝敗を決する場所である。
戦は正午丁度に、ハイランド王国軍が弓兵を進めたことから始まった。戦の開始は弓兵の打ち合いから始まるのが常識である。
だが、この開幕の戦いは、ハイランド軍が弓を放つ前……即ち弓兵の進軍中に雨の様に帝国軍の矢と石が降り注ぐ事から始まった。晴れた空の中、帝国軍から放たれた矢が雨の如く降り注ぎ、次々に進軍中のハイランド弓兵が息絶えていく。
「馬鹿な! まだこちらは射程距離にすら入っていないのだぞ!」
フリードリヒ王は怒鳴った。
ローランド帝国軍は新兵器として、矢を一斉に長距離に打ち出す兵器と、飛距離の長い巨大な弩・投石機を完成させていたのだ。ハイランド軍が射程に入る前に一斉射撃を行い、ハイランド軍は甚大な被害を被った。
ただ、帝国軍の新兵器にも弱点があった。それは、装填に大きく時間を要する事だった。大量の矢を放てる反面、それを装填するのにはかなりの時間を要するのである。
その時間を埋めるべく、今度はローランドの歩兵がディアナ平原に流れ込んできた。先手を打たれたハイランド軍はこれ以上押し込まれまいと、その歩兵軍を迎え撃つ。
歩兵対歩兵の正面衝突であった。ここで目覚ましい活躍を見せたのは西部戦線を指揮していたバーラットである。
「くたばれ、帝国軍が! 変な兵器さえなければ、白兵戦は我々が勝つのだ!」
バーラッドは〝疾風迅雷〟の異名に恥じぬ戦いぶりで、五分であった中央戦線・東部戦線に比べて、一気に押し込んだ。これぞハイランドの剣と呼ばれた男の真骨頂である。
バーラットと対峙していた帝国軍部隊の歩兵隊は陣形が大きく崩された。それを見てバーラッド自身も騎兵部隊を率いて、最前線に躍り出て一気に雪崩れ込んで帝国歩兵部隊を粉砕した。
しかし、そこで銅鑼の音が西部の至るところで鳴り響いたかと思うと、帝国軍の西部線は歩兵共々一気に退却を試みた。
「もう終わりだというのか、情けない! 一気に畳み掛けろ!」
バーラッドは騎兵二千と歩兵二千を率いて、逃げる西部線帝国軍の背を刈り取る。
それはまさしく破竹の勢いであった。このまま一気に押し切れるのではないか、という程だ。
しかし、バーラッドはそのあまりの自らの勢いの良さに、疑問を覚え始める。
(帝国軍がこんなもんだってのか……? 罠か?)
そう思った瞬間、バーラッド部隊を黒い影が覆った。上を見上げたバーラッドと以下ハイランド兵は絶望した。空を覆っていたのは雲でも影でもなく、何千という矢だったのだ。
先の弓兵戦で圧倒した帝国軍の新兵器・一斉射撃機と投石機、長距離弩機による攻撃だ。先程の銅鑼の音は、この矢の発射合図なのである。
(まずい……こんなに飛距離があるのか!)
先程はハイランド弓兵部隊を襲った時とはわけが違い、今度はすっぽりと射程距離範囲内にバーラッド部隊四千が覆われている状況だ。戻っていてはもちろん間に合わない。
そして、驚くべきことに、帝国軍はまだ自軍の歩兵が逃げ切っていないにも関わらず、その雨の様な弓撃を実施したのだ。
帝国軍の歩兵部隊は、自らに降り注ぐであろう矢の雨を見て呆然としていた。帝国軍の歩兵の主力は農村から徴兵されており、矢を防げる大盾なぞ持っていないのだ。
「おのれ、矢がくるぞ! 全員、盾を構えてなんとか凌げぇぇぇ!」
バーラッドが叫んで、大盾を空に構えて亀の様に縮こまった。
揃って部隊も大声をあげ、彼と同じように空に盾を構える。慈悲の欠片もない雨がバーラッド含む四千の兵を襲ったのは、それから間もない頃だった──。
────────────────
【宣伝】
拙作『落ちこぼれテイマーの復讐譚』1~8巻まで発売中です!
https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/16816927861627295371
よかったらそちらも読んでみて下さいまし! 宜しくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます