第82話

 バーラッド部隊の被害は甚大だった。

 盾を構えていない者は矢に飲まれ、騎兵の馬は勿論貫かれた。盾を構えていた者の中でも落馬する際に矢に貫かれ、或いは盾で覆えなかった部分を射抜かれ、そして不幸にも投石により身体を粉砕された者もいた。


「プハァッ! なんとか生き延びたか……」


 弓撃が止んだ頃合いで、馬の死骸と盾の隙間から顔を出したバーラッドは大きく息を吐いた。矢の雨が降り注いでいるさ中は生きている心地がせず、息をずっと止めていたのだ。

 だが、バーラッドは周囲を見回し、その凄惨さに吐き出した息を飲み込んだ。周囲は矢で覆い尽くされていたのだ。至るところで人・馬に突き刺さっており、多くが息絶えている。もはや顔など判別できなくなっている者も数多としていた。

 軍の被害は甚大だ。騎兵隊の馬主を生きているが、馬はほぼ全滅している。歩兵部隊に限っては、数分前の半数以下となっていた。

 だが、彼に後悔している時間は与えられなかった。地響きのような大きな音が帝国軍側から聞こえてきたのだ。

 バーラットが正面を見据えると、そこには土煙が上がっていた。


(何だ……? 馬車か? いや──)


 バーラットは目を凝らして先を見据えると、その正体が見えてくる。

 それは、馬車ではなく馬に引かれた戦車だったのだ。


「せ、戦車だとぉ⁉ この時代に戦車を用いるというのか!」


 バーラットは叫んだ。

 戦車とは、車左に指揮官兼・弓、御者、車右が戈を携えて接近戦を担当する馬車のことである。また、車輪には槍や刃が多く仕掛けられており、ただ走るだけで周囲を切り裂く悪魔の様な兵器であった。

 ただ、戦車は平地でしか使えないという点や、弩といった飛び道具の発展や大規模戦になるにつれ、小回りがきかないうえ的になりやすい戦車は衰退していった。昨今の戦ではめったに見られないものであったのだ。当然、ハイランド軍も戦車が投入されてくる事は予期していなかった。攻略法のわかっている兵器など、使ってくるとも思っていなかったからだ。

 だが、ハイランドの弓兵部隊が後ろに下がり、更には騎兵を失ったバーラッド部隊にはまさしく悪魔の兵器である。ローランドはここまで徹底してディアナ平原を舞台としたハイランド戦を意識した訓練を行っていたのだ。

 今のバーラッド部隊は命からがら生き残ったという段階であり、とてもではないが戦える状態ではない。戦車など防げるはずもなかった。また、時代遅れな産物として対戦車用の訓練など積んでいない為、対処の仕方もわからない。絶望的な状況だ。


「ぜ、前方構え! 戦車だ! 迎え撃つぞ!」


 バーラッドはもう一度叫んだ。無論、迎え撃てない事はわかっていたが、背を向けて逃げても戦車からは逃れられない。背を討たれるよりはマシだと踏んだのだ。

 だが、馬を失くした歩兵しかおらぬバーラッド部隊に戦車を止める術はなかった。僅か数十車しかなかった戦車隊にバーラッド部隊は為すすべもなく蹴散らされたのである。

 これはローランド軍が対ハイランド・ディアナ平野での戦に備えた作戦だった。弓戦では兵器に勝るローランド側が圧倒的に有利な為、敵軍を上手く一斉射撃機の範囲内にまでおびき寄せ、弩と投石機も交えて敵を粉砕、そして馬を失った生き残り歩兵を戦車隊で一掃する。これをされると、ハイランド軍はローランド軍の近くに寄れないのだ。

 これはローランドが半年前に突破寸前まで追い込まれた経験と新兵器開発から編み出した作戦なのである。

 フリードリヒ、ラーガの両者もバーラッド部隊の報を聞いて息を飲んだ。どうやってこれを突破しろというのだ、と少し前までの彼らならば絶望していただろう。

 だが──新しい戦力が増えたのは、何もローランド軍だけではない。

 その時、上空に大きな影が戦場を過り、西部戦線へと向かったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る