第41話 母君②

 精霊石──それは、世界の根源とも言われており、また闇の神を封印している石とも言われている。

 光の洞窟には光の精霊石があり、この大陸のいたるところにその精霊石があると言われている。ただ、その精霊石がどこにあるのかまでは彼女も知らない。ただ、その精霊石はその地の気候や地形に影響を与えると言われていた。


「私も実際に見た事がないのですが、強い光を放つ石であると聞いています。そこに光の精霊〝ウィル・オ・ウィスプ〟も居らっしゃると思います……もし、あなたが本当に世界に必要とされているのであれば、かの精霊が指針をもたらし、力を与えてくれるでしょう」

「待って下さい、お母様。確か光の洞窟には結界が張ってあって、入れないと前に聞きました」


 リーシャが母に訊いた。

 確か、マルファ神殿の司祭がそのような事を話していたのを彼女も覚えていたのだろう。それはメアリー王妃の記憶とも合致していた。


「はい、その通りです」


 それは、メアリー王妃が子供の頃の話だ。光の洞窟の内部に突如聖魔法による結界が張られたのである。その結界を張ったのは、洞窟の主である〝ウィル・オ・ウィスプ〟本人である事には間違いない。

 結界は非常に高度な結界で、今マルファ神殿にいる神官では誰も解けないのだそうだ。そして、それはメアリー王妃とて同じだった。

 どうして結界が張られる必要があったのか誰にも分からないまま、数十年が経っているのだ。


「それならば、私が行っても無理なのではないでしょうか」


 リーシャは母の説明を聞き、更に問うた。だが、メアリー王妃は首を振ってそれを否定する。


「いいえ、あなたならおそらくあの結界を解けるだけの力があると私は思います。そして、それこそがあなたが世界に必要とされるのかどうかを試す試練なのかもしれません。私は無力で何の力もなく、不確かな事を言っているのは自覚していますが……」


 それでも私はその確信があるのです、とメアリー王妃は付け足した。

 金髪のエルフ娘・ヴェーダは、メアリー王妃の言葉に頷いて見せた。

 リーシャに解けない結界ならば、おそらくウィル・オ・ウィスプと会う事は誰もが不可能である。だが、この結界には意味がある。おそらく、その結界を解ける人物が来るのを待っていると考えるのが妥当だ。

 リーシャは不安がっているが、エルフの結界をも簡単に解いてしまうリーシャである。おそらくそれも可能だろう、とヴェーダが先程言っていた。


「安心して、リーシャ。もし難しそうなら、私も手伝ってあげるから」


 ヴェーダがリーシャに片目を瞑ってみせる。


「ヴェーダも一緒に来てくれるんですか?」


 リーシャは相変わらず不安気にエルフ娘を見た。女のヴェーダでもあまりに可愛くて抱き締めたくなってしまう程だ。


「当たり前よ。私は御祖母様にあなたを補佐しろって言われて来ているの。反対されたってついて行くわ」

「それなら安心です」


 言うと、リーシャが嬉しそうに笑った。

 彼女はどうやら一人で行くのだとばかり思い込んでいたようだ。


「ヴェーダが同行してくれるならば、あなたも安心でしょう。本来ならば私が同行したいのですが、さすがにまだ遠出が出来る程の体力が回復しておりません。今のままでは、もしもの時に足を引っ張り兼ねません」


 メアリー王妃はリーシャがローランドから取ってきたペルジャ草を調薬して薬を飲んだばかりだ。随分と楽になったが、すぐに治る病気でもない。暫くは安静に過ごさなければならないと薬師からも言われていた。


「ご安心下さい、お母様。ヴェーダが一緒なら大丈夫です」


 それに、とリーシャは続けた。


「ジュノーンもこれから頑張るのです。私だけが何もしないというのは……彼に申し訳が立ちませんから」


 明るく笑顔を作って言った。

 彼女はジュノーンの無事を信じている。いや、彼ならばどれほど困難な課題でも乗り越えられと確信しているのだろう。

 一度困難を乗り越え自らをハイランドまで送り届けた彼が『俺を信じろ』と言った。彼がそう言うなら、リーシャは信じて待つしかないのである。

 娘のその健気な姿に、メアリー王妃は優しく抱き締めた。


「あなたは……良い人に恵まれましたね。私もジュノーンは必ず戻ってくると思います。ですから、あなたも……彼の隣に立つに相応しい女になりなさい」


 リーシャもその意味がわからない程子供ではない。顔を赤くしてはいるが、無言で小さく頷くのだった。


「あ、そうだ……」


 メアリー王妃は独り言の様に呟いてリーシャを離すと、何やら私室の方に向かった。かと思うと、メアリー王妃は一本の剣を携えて戻ってきた。


「この剣は〝マルファの聖剣〟と呼ばれ、代々マルファ=ミルフィリアの血筋の者が受け継ぐものです。刀身は水晶で作られており、魔法の力を宿していると言われます」


 水晶の剣と言われると、簡単に折れてしまうのではないかと考えられる。

 しかし、この水晶には光の精霊力を宿してあると言われており、折れるものではないそうだ。


「私は実際に使った事はありませんが……マルファ=ミルフィリアが神々の戦争の際にお持ちになられたという由緒ある剣です。私よりもリーシャの方が持つに相応しいでしょう。お守り代わりに持って行きなさい」


 リーシャは〝マルファの聖剣〟を受け取ると、その剣は驚く程に軽かった。リーシャの細い腕でも玩具の剣かと思ってしまう程扱い易く、軽かったのである。


「あまりの軽さに驚きましたか? それこそが、あなたがマルファ=ミルフィリア家の者である証なのですよ。この聖剣は、我が血筋の者にしか扱えないと言われています。マルファの名に恥じぬよう、精一杯頑張ってきて下さいね」


 メアリー王妃は母の愛を込めた抱擁をもう一度だけしてそう言った。


「はい、お母様……!」


 リーシャもその抱擁に応え、母に約束した。

 こうして、ジュノーンがハイランドを発った翌朝、リーシャとヴェーダもマルファ神殿にある光の洞窟へと発った。

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