第92話
イグラシオ師団の奇襲の失敗・捕縛も各地戦場に知らされた。
ウォーレンス将軍の戦死のほんの数時間後に、攻めの希望であったイグラシオまで捕縛された事は各兵士に大きな絶望を与えた。
更に伝説上の生き物だったはずの火竜、そしてそれに跨るジュノーンは東部戦線、中央戦線を行き来してローランド軍に甚大な被害を与えていく。〝ブラッドレイン〟の射程範囲からは絶妙に外れ、ローランド軍は火竜のブレスに成す術も無く兵力と戦意を削られた。
ヘルメスもよく対処はしていた。しかし、〝ブラッドレイン〟が届かない距離で縦横無尽に火竜とジュノーンに暴れ回られては話にならない。ヘルメスは一旦〝ブラッドレイン〟の射程まで兵を引かせた。すると、それを待ってましたとばかりにハイランド軍が突撃してくる。
戦況は一進一退でありながらも、圧倒的に削られる兵力はローランド軍のほうが多かった。
ヘルメスは必死に頭をひねりながら、〝ブラッドレイン〟を駆使しながらハイランド軍を迎え撃った。
〝ブラッドレイン〟さえあれば、大きく進軍される事もなく、火竜も寄せ付けない。その間にケシャーナ朝討伐に向けて南下させた部隊の三万の兵が戻ってくれば、まだ打開できる。火竜は倒せなくとも国王は討ち取れる。
ヘルメスはそう信じていた。だが、そこには彼の致命的な誤りがあった。彼は〝前〟しか見ていなかった。〝前〟の戦況しか見ていなかったのである。
まさか、自分のすぐ近くの後方左翼からいきなり兵の怒号と悲鳴が聞こえてくるとは思ってもいなかったのだ。
「きゅ、急報ー! 我が軍の左翼後方より約千の敵兵が出現しました!」
伝令の報告にヘルメスは顔を真っ青にした。
「バカな! 一体何者だ!?」
ジュノーンも、バーラットも、ラーガも各戦線にいる。誰も寄せ付けられるはずがなかった。
それとも、まだ見ぬ武将がハイランドにいたというのだろうか。破竹の勢いで自らの元に突き進んでくる敵陣を見て、必死に頭を回転させる。イグラシオ、ウォーレンスがいない今、有力な武将がハイランドにはいない。
「それが……」
伝令の口から出された名前は、ヘルメスを戦慄させた。
──ハイランド国王・〝赤髭王〟フリードリヒ。
まさか国王自らが奇襲をしかけてくるとは思わなかったのだ。
ウォーレンス死後、西部戦線が崩壊してから中央戦線の指揮はジュノーンに渡されていた。その間、フリードリヒ王は千の精鋭軍だけを率いて、西部戦線より更に西からぐるりとローランドの本陣を回り、後方から本陣を急襲したのだ。
西部戦線が崩壊しているからこそ、今回の奇襲は成功した。要するに、ウォーレンス死後のハイランド軍の攻撃は、火竜含め、全て陽動だったのだ。
これを提案したのはジュノーンだ。国王に敵本陣に奇襲を仕掛けさせるなど、まさしく無茶もいいところだ。しかし、前回の第一次ディアナ戦争もフリードリヒの強行突破で、ローランドを窮地に立たせた。
それだけの武力と突破力がフリードリヒ王にはあるからこそ、実現可能だと踏んだ。もっとも、その間に医療部隊が急襲されたのはジュノーンにとっても誤算であった。何とかリーシャの救出が間に合って安堵したものだ。
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