第93話
瞬く間にヘルメスの周囲の兵は粉砕されていく。フリードリヒ直近の兵という事もあり、周囲の兵も恐ろしく手練だ。ヘルメス本陣の兵も決して弱くはないのだが、奇襲という事もあり、対応しきれていない。フリードリヒ部隊とヘルメスの距離はどんどん近づいていく。
(……これまでか)
ヘルメスはフリードリヒ王を見た事がない。だが、これだけ接近していれば、どれがフリードリヒかは見ればすぐにわかる。先頭で、竜を狩るために作られたかのような、通常の倍以上も太く大きな槍〝竜殺しの矛〟を存分に振り回しているのが〝赤髭王〟フリードリヒその人だ。
覇気と圧倒的な武力、そして持ちうるカリスマ性……思わず、自室で震えているだけの自らの主君が脳裏によぎる。
「ヘルメス様、お逃げくだ……ブハァッ」
ヘルメスに退却を促そうとした兵に、太い槍が突き刺さる。もはや、フリードリヒ王は目前に迫っていた。
「さて、貴殿が総大将・ヘルメス将軍か?」
巨大な矛を担ぎ、これからチェスでもしないか、というような穏やかな視線でヘルメスに話しかける。
「左様……わたしがヘルメスだ。一騎打ち、応じてもらうぞ」
フリードリヒは頷き、自分の兵に攻撃を止めさせる。それはヘルメスも同じだった。
二人の周囲が円形に開いて、決闘場となる。
数は圧倒的にヘルメス本隊の方が多い。袋叩きにしてしまえば勝機はあったかもしれない。だが、ヘルメスはそれをしなかった。もはや何もかも自分が惨敗だという事を彼は認めてしまっていたのだ。
〝赤髭王〟と自らの王、どちらが王に相応しいかも、もはや明白だ。傾きつつあるローランドも、この男ならば上手く平定してくれるであろう。彼はそう直感した。
「約束せよ、誇り高き王よ。汝が勝ったら、我が兵達は全て投降する。安全を保障してもらうぞ」
ヘルメスは剣を抜いて言った。
「約束しよう」
フリードリヒ王は笑い、〝竜殺しの矛〟を構えた。ヘルメスは怒号と共に彼に突っ込んだ。
総大将同士の一騎討ちである。
間合いを詰めようとした瞬間、一瞬フリードリヒ王が矛を振るうのが見えたので、咄嗟にヘルメスは盾を構えた。
予想に違わず、ヘルメスの盾には衝撃が加わった──が、その圧倒的な膂力に耐える事ができず、ヘルメスは馬ごと吹き飛ばされた。
決闘場をかたどっていた肉壁にヘルメスは吹き飛ばされ、馬から転げ落ちる。
咄嗟に立ち上がり馬を見るが、馬は倒れたまま起き上がらない。どうやらフリードリヒ王の一撃の圧力で足を折られたようだ。
「……すまんな、将軍。民が待っておるのでな……急がせてもらうぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ヘルメスは悟った。
今の一撃は王だけの力ではない。彼の帰りと平和を信じる民ひとりひとりの想いを背負っているのだ、と。
そんな王に統治されるのであれば、おそらくローランドの国民も今の生活よりはまともな生活が送れるであろう。腐敗しきった政治、貴族社会は終わりを告げるだろう。
ならば、自分が迷う事はない。
自分が敗れる事こそが、騎士の宿命たる国と民を守る事なのだ。それを悟った瞬間、ヘルメスは肩の荷が降り、安堵感に満ち溢れた。
(国民達を任せたぞ)
(承った)
フリードリヒ王の次の一閃が飛ぶ瞬間、二人は視線でそんな会話をやり取りしたのだった。
かくして、戦は終わった。
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