第45話 戦闘②

「殺すなよ! 俺の腕やりやがった落とし前たっぷりつけてやるからよ。おお、そういやお前はエルフか。エルフを孕ませたら俺のガキはハーフエルフになるのか?」


 脱走兵の隊長風の男が言うと、下卑た笑みを浮かべる。

 その言葉を合図に、ヴェーダには四人の兵士が襲い掛かっていた。 


「下衆ね……生憎と、私はあなた達程度が触れられる程安い女でなくてよ」


 ヴェーダは脱走兵の言葉に舌打ちして、矢を二本連続で放った。

 一本は命中したが、もう一本の矢は避けられた。

 金髪のエルフ娘は弓から腰のレイピアへと武器を持ち替え、向かってきた男の鎧の隙間──肩口──目掛けてレイピアを突き刺す。狙いは違わず、肩に剣が突き刺さり、男は呻きながら後退した。

 ヴェーダはリーシャの方をちらりと見る。どうやら聖剣の力は彼女が思っていた以上に凄まじい様で、男二人を瞬く間に戦闘不能状態となしていた。


(リーシャはあの聖剣がある限り大丈夫そうね。問題はこっちかしら)


 怒り猛った男達を見て、ヴェーダは苦笑いを浮かべた。 

 女二人にこれほど苦戦するとは思ってもいなかった脱走兵達が、焦り出したのだ。最初に見せていた余裕も消え、本気で二人の女達を倒しにかかってくる。

 また、最初に弓で射た兵士と肩口を貫いた兵も立ち上がり、攻撃に加わってきた。ヴェーダは一気に四人、リーシャは三人を相手にする事になったのである。


(さすがに数が多いわね……!)


 ヴェーダはレイピアを鞘に収めて風の下級妖精〝シルフ〟呼び、精霊魔法の詠唱を行った。


「風の妖精〝シルフ〟よ……汝の風を、我に与え給え」


 すると、風の妖精〝シルフ〟が現れた。美しい女の精霊だ。〝シルフ〟がその羽衣でヴェーダを包み込むと、ヴェーダの体が宙にふわりと浮き上がった。

 脱走兵達の攻撃は尽く空を斬り、驚いて上を見上げる。


「なっ……この女、空を飛びやがった! こいつら一体何者なんだ⁉」


 脱走兵のひとりが叫んだ。

 この兵達も何度か鉄火場に立った事はあるのだろうが、この様に宙を舞う魔法を見たのは初めてなのだろう。それもそのはずで、精霊魔法はエルフ族しか使う者がいない。人間同士の戦争しかした事がない兵が知るはずがなかった。

 ヴェーダは脱走兵の言葉に答える事なく、次の精霊魔法の詠唱に入る。


「木の妖精〝ニンフ〟よ。汝の力にて、かの荒ぶる男共に眠りの誘惑を与えよ!」


 金髪の美しいエルフがそう唱えると、彼女の周囲に透明の木の妖精〝ニンフ〟が現れた。

 まるで木の幹と根を象った可愛い女の子のような妖精が、色っぽい視線を男達に浴びせている。すると、〝ニンフ〟は面白そうに笑い声をあげながら、男達の頭上に桃色の花びらを舞わせた。

 その花びらを浴びた男達四人は、突如昏睡し始めたかのように倒れ、鼾をかいて眠り始めた。


(こっちはこれで大丈夫、と。リーシャは?)


 金髪のエルフ娘はリーシャの方を見ると、彼女は何と、聖剣を収めている。


「なッ……何やってるのよ⁉ あなたはその剣で戦わないと──」


 ヴェーダがリーシャにそう声を掛けようと思った時であった。リーシャは五芒星を指先で結んだかと思うと、目の前の男に手のひらを向けた。

 王女の手からふわっと優しい光が一瞬だけ浮かび上がったかと思うと──その瞬間、男はまるで巨人の足で蹴られた様に吹っ飛んだ。地面で強く頭を打った男は、そのまま意識を失う。


(う、嘘でしょ?)


 ヴェーダはその光景を見て唖然とした。

 今リーシャが放った魔法は、彼女も知っている。<聖弾ホーリー・バレット>と呼ばれる聖魔法で、聖なる力を気として集約し、相手に放つ攻撃魔法である。

 しかし、<聖弾ホーリー・バレット>は通常、力のないミルフィリア神官が使う護身術のような魔法だ。一番攻撃力が低く、一般的には鈍器で殴る程度の力しかないとされている魔法であるとされている。本来相手を吹き飛ばして失神させるような魔法ではないのだ。

 これほど強力な<聖弾ホーリー・バレット>を見たのは、長い年月を生きているヴェーダでさえも初めてだった。


(それに、今……詠唱もしてなかったわよね?)


 五芒星を指で結んでから魔法を発動させるまでの時間はほぼ皆無であったし、その間にリーシャが口元を動かしていた形跡もない。通常は詠唱もなく魔法を使うなど不可能とされているが、神の血族たるリーシャは詠唱すら必要ないらしい。

 そこからの戦いは一方的だった。

 リーシャの放った魔法の攻撃力の高さと弾け飛んだ仲間を見て、残った二人の脱走兵はたじろいでいた。しかし神の血族たる王女は、その二人にも遠慮なく<聖弾ホーリー・バレット>をお見舞いし、彼らも束の間の空中旅行と同時に頭を地面に打ち付け、意識を失うのだった。


(デタラメ過ぎるわよ、その力は……)


 ヴェーダは呆れ返って大きな溜め息を吐いた。

 一方のリーシャは、護衛のエルフ娘が呆れているとは思ってもいないのだろう。笑顔で空中にいたヴェーダに向かって、人差し指と中指を立てVの形を作ったサインを送った。それがハイランドでは勝利を意味するサインだと知っていたヴェーダは、彼女に手を振って応える。


(私の方が断然優しかったってわけね。案外、怒らせると一番怖いのはこの子なのかもね)


 自分の足下で鼾をかいて眠る男達を見て思う。

 ヴェーダとてもっと強力な精霊魔法を使う事ができたが、無理に殺める必要もないと思って眠らせるに留めた。ただ、自分達に対して相当下品な事も言っていたので、一人くらい見せしめに殺してやってもよかったかもしれない、と美しいエルフは思うのだった。

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