第46話 制圧
そして、いよいよ残るは脱走兵の代表格の男だけであった。
一瞬で自分の部下九人が鎮められた様を見て、腰を抜かして座り込んでいる。
リーシャは指先には五芒星の印を結んだまま、そしてヴェーダは〝ドリアード〟と〝シルフ〟を召喚したまま、隊長の前に立った。
「な、何者なんだよ……おめぇら……」
脱走兵の隊長は腰を抜かして、彼女達を見上げた。
「私はハイランド国王女・リーシャ=ヴェーゼです。あなたもハイランドの兵ならば、名前くらい知っているでしょう? この者は私の護衛でヴェーダと申します。降伏して下さいますね?」
「り、リーシャ様!? 王女殿下がどうしてここに!?」
脱走兵の隊長は腰を抜かしたまま、剣を投げ捨てて戦意がないことを表した。そして、リーシャの前で跪く。
通常、国王一族を敵に回してしまったとなれば、死罪は免れない。しかも、彼は王女達を慰み者にしようとすらしたのだ。この場で処刑されてもやむなしである。
「私達はとある用事があってここを通ったのですが、これはどういうことでしょうか? あなた達はハイランド王国の誇りを失ったのですか?」
王女の青い瞳で真っ直ぐ見つめられると、脱走兵は目を逸らして黙り込んだ。まるで叱られた子供の様に、自分の非を釈明するでなく、ただ黙り込んだのだ。
沈黙が解答と解したリーシャは、溜め息を吐きながらもヴェーダに彼を縛る様に指示をする。
「あなた達の身柄は拘束させて頂きます。これから軍規に基づき、裁かれるでしょう。それまでの間、少しでも反省していて下さい」
その言葉と同時に、知らずのうちに家から出てきていた村人達がリーシャ達に向けて歓声と大きな拍手を送った。
リーシャは驚いてあたりを見回すと、そこには先程とは違った村人達の表情があった。
それを見て、思わず笑みが漏れる。自らの行動が誤りでなかったと確信できた瞬間だったのだ。
「まさか、あなたがリーシャ王女殿下だったとは……知らなかったとは言え、先程はご無礼を働き申し訳ありませんでした」
村長がリーシャに頭を下げた。
「いえ、気になさらないで下さい。それより、御孫さんは大丈夫でしたか?」
「意識は失っておるようですが、命に別状はないようです」
「そうですか! それならよかったです。怪我は私が治しますので、安心して下さい」
リーシャが笑みを浮かべてそう言うと、村長は涙ながらに礼を言って、彼女の前に跪いた。
それからリーシャは脱走兵達の治療を行った上できつく拘束し、村のどこかに監禁する様に指示をした。また、この地の領主に向けて、脱走兵を引き取る旨と、この村の納税を考慮する様に伝えた通達を、王女の署名を入れて出した。
村人達が涙ながらに王女に感謝し、この国に忠誠を誓ったのは言うまでもない。
また、人質が捕まっているとされる脱走兵達の拠点へ赴き、村の人質の救出も行った。とは言え、拠点には誰もおらず、村人達も全員無事だった。村から略奪された食糧の方はかなり消費されてしまっていたが、それでも村が生きていく分の最低限の量はある。
人質を連れて村に戻ると、村長が宴を上げてくれると言ったが、リーシャ達は丁重に断った。先を急いでいるというのもあるが、ただでさえ消費している食糧を使わせるのは悪いと思ったからだ。
彼女達は食糧を少しだけ分けてもらっただけで、すぐに村を出発した。
この『リーシャ王女による脱走兵討伐』は、数日の間に瞬く間にハイランド城と城下町に広がる事となる。まさに、今まではただ国王夫妻に可愛がられているだけの世間知らずなお姫様、という印象を打ち崩した最初の事件となったからだ。
ハイランド王国王女・リーシャ=ヴェーゼは変わり始めていた。
彼女を変えたのは、もちろん異国の地で彼女を命懸けで救った銀髪の青年との出会い、そして、その出会いを生んだ自らの大きな過ちである。
人は過ちを犯しても、反省し、学び、変わる事ができる。彼女は自らの人生を賭して、それを証明しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。