第31話 帰国②

 リーシャ発見の報から三日程経過した後、ハイランド王宮の城門にジュノーン達三人を乗せた馬車が到着した。

 リベルの砦からは馬車を出してもらっていたので、特段疲れる事はなかった。どちらかと言うと、半ば捕虜同然に厳しい監視を受け、少しでも変な動きをしようものならそれだけで処刑されそうな殺意に晒され続けた事の方がつらかったくらいだ。

 実際、リベルの砦でジュノーンは拘束されそうになったが、リーシャ王女がそれを許さなかった。王女は彼を〝友人〟と呼び、客人として丁重に扱う事を兵達に命令したのである。

 馬車から降りると、ジュノーンはぎょっと目を見開いた。

 城門には一〇〇近い数の兵がジュノーン達を出迎えたていたのである。


「大層な出迎えだな」


 ジュノーンは嘆息し、空に手のひらを向けて肩を竦めた。

 兵士達の目は殺気だっており、命令があればすぐさま彼に襲い掛かってきそうであった。

 彼の想像通り、リーシャが思っていた程和やかに物事が進む雰囲気ではなさそうだ。生きて再び門をくぐれるのかどうかも怪しいものだった。


「人気者なのね、あなた。皆の注目を集めてるわよ?」


 空気を敢えて読まずに軽口を叩くのはエルフ娘ことヴェーダである。

 彼女はどこか面白がっているようでもあった。


「ああ、全くだ。首と体がくっついたまま、再びこの門を潜れる事を祈っているよ」


 それに対して、ジュノーンも軽口で応えて見せる。尤も、彼にとっては軽口でも何でもなく、本当にそう祈っているのであるが。

 すると、兵士達が隊列を整えたまま道を開けた。奥には将軍風の男がおり、その男が前に進み出ると、周囲の兵士達は一斉に敬礼をした。

 将軍風の男はまだ三十半ばだが、ギラギラと殺気だったままジュノーンを一瞥する。

 〝黒き炎使い〟はこの男を知っていた。彼はハイランド王国将軍の一人で、バーラッドいう名の人物である。

 〝疾風迅雷〟バーラッドと言えば、ローランド帝国にも名が広がっている程の武将である。彼はフリードリヒ三世の下で国を支える有能な人物であり、次期国王──即ち、リーシャの婿になるのではないかと国民からは噂されている程の人物だった。


「リーシャ様、ご機嫌麗しゅう。長らくのご不在にて、大変心配致しました」


 バーラッドが前に進み出て、リーシャに敬礼した。


「バーラッド、心配をお掛けして申し訳ありませんでした。ですが、この大層な出迎えは何ですか? それに、皆武器を所持して……」


 リーシャは少し不愉快そうに言った。

 兵士達の殺気に彼女も気付いているのだろう。


「いえ、ローランドの悪鬼が一緒という事も受けまして、警戒体制に入らせて頂いております。どうかお許し下さい」


 その言葉を聞いて、リーシャは更に不機嫌さを露わにする。


「悪鬼とは、まさかジュノーンの事を言っているのですか? 彼は私の大切な友人であり、命の恩人でもあります。無礼な言葉は控えて頂けないでしょうか」

「はっ……失礼致しました」


 バーラッドか片手を上げると、兵士が下がった。

 それでも数歩下がっただけで、警戒を解いたという事ではないようだ。


「長旅のところ申し訳ありませんが、リーシャ様。陛下がお待ちです。お連れ様と共に、謁見の間にお向かい下さい」

「わかりました。すぐに二人と共に向かいます。それと、薬師のマーロンを呼んで下さい。渡したいものがあります」

「御意」


 バーラッドは一礼すると、半歩下がった。そして、リーシャを先導とし、ヴェーダとジュノーンが横に並び入城する。

 ジュノーンがバーラッドの前を横切った際、彼に対してあからさまな殺気を向けていたのだけが印象的だった。今から決闘を始めん勢いだ。


「大した嫌われっぷりね、あなたは」


 ジュノーンに向けられた殺気に気付いたヴェーダが小声で言うが、ジュノーンは何も返さなかった。彼の反応も尤もだと思っていたからだ。

 エルフ娘曰く、バーラッドの中の炎の精霊サラマンダーが暴れ狂っており、絨毯が燃えるかと思ったそうだ。


「本当に、申し訳ありません。いつもはこんな事する人達じゃないんです」


 リーシャが横目でジュノーンに視線を送って、申し訳なさそうに言った。


「仕方ないさ。こんなことは覚悟の上だ。ところで、今話してた奴は、バーラッド将軍で間違いないか?」

「はい。お父様からの信頼も厚く、国の未来を担っている方と伺っています。彼をご存知なんですか?」

「ああ。〝疾風迅雷〟バーラッドと言えば、ローランド帝国でも有名人さ」


 俺は初めて会ったがな、と銀髪の青年は付け足した。

 

「そうなんですね……でも、私はちょっぴり苦手意識があります。何となくなんですけどね」


 リーシャは苦笑して応えた。

 ヴェーダはリーシャのその言葉から真意を読みとったのか、クスッと喉の奥で笑っていた。


「どうした?」


 ジュノーンがヴェーダを怪訝に思って尋ねると、「何でもないわ」と首を横に振って続けた。


「あんまりギラギラ狙われると、女は本能的に避けちゃうもの。それも仕方ないわ」


 ジュノーンが首を傾げたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る