第32話 賢王
ジュノーン達はハイランド兵士達の敵意や好奇の眼差しを受けながら王宮内を進み、謁見の間に辿り着いた。
扉がゆっくりと開けられ、兵士に中に入るよう促される。ここでもリーシャを先頭にして、その次にジュノーンとヴェーダが横に並ぶ様にして謁見の間を進んだ。
奥には玉座があり、その座には〝賢王〟フリードリヒが腕組みをしてリーシャ達を待ちかまえていた。
王妃のものであると思われる玉座は空席であった。メアリー王妃は病床に伏せているとの事は、どうやら本当らしかった。
先程リーシャが宮廷薬師のマーロンにペルジャ草を渡していたが、その際のマーロンの驚き様と言ったらなかった。おそらく、彼女がどうして姿を消したのか、その理由を察したのだろう。「よくご無事で」と泣き崩れ、跪いて彼女の手を取っていた。
ただ、ペルジャ草の御蔭でリーシャの母君の容態も良くなる事が予想されるとの事だ。おそらく、数日後にはよくなるだろう。
ちなみに、母君の病名を聞いてジュノーンは驚いた。メアリー王妃が罹患している病は〝山熱〟と言い、ローランドでは風邪の様に誰でも罹患しているものだったのだ。ジュノーンも過去に罹った事がある。
しかし、ローランドではその病が重篤化する事はまずない。薬の元となるペルジャ草があちらこちらに生えているので、治療薬が村や町の薬屋で簡単に手に入るのだ。薬を飲んで数日寝ていれば、すぐによくなる様な病気なのである。
しかし、ハイランドでは山岳地帯の国故に、気候の関係上そのペルジャ草が生えない。〝山熱〟で徐々に体を蝕まれ、亡くなる人も多いそうだ。
薬草が生えているかどうかの違いだけで、ここまで事態が異なるのである。せめてペルジャ草だけでもハイランドに送り届ける様にできれば良いのだが、とジュノーンは思ったものの、それにはまず国の問題を解決せねばなるまい。
リーシャ、ジュノーン、ヴェーダの三人は謁見の間を進むと、国王の前で片膝を立てて座った。
武器は座る際、自らの前に差し出してある。
「まさか、この様なところで会うとはな……〝黒き炎使い〟ジュノーンよ」
ジュノーンは黙ったまま顔を伏せていた。
「よもや、あの戦いを忘れてはいまい。半年前、私が唯一、完全退却を試みた戦だ。あと少しでローランド領の砦を落とせたというのに、全く良いところで邪魔をしてくれたな」
リーシャは驚いて顔を上げ、父とジュノーンを見比べる。ジュノーンを射抜くような視線で見ている父に対し、ジュノーンは下を向いたままだった。
半年程前に大きな戦があった。ハイランドから攻める戦は珍しかったが、様々な策を立て、関所を突破してローランド帝国領内の砦を落とす寸前までいった戦──後に第一次ディアナ平原の戦いと呼ばれる大きな戦である。
その時にジュノーンとフリードリヒは対峙しており、フリードリヒの本隊はこの銀髪の青年一人の奇襲により、隊を崩壊させられそうになったのだ。
破竹の勢いで進むフリードリヒに対し、〝黒き炎使い〟が単騎で現れ、黒炎術で嵐を呼び、隊の右翼を壊滅に追い込んだ。その隙にジュノーン自身が右翼に斬り込み、名のある武将を一人で片付け、フリードリヒとも数号打ち合ったのである。
その際に他のローランドの部隊も崩れた右翼に流れ込んできたので、隊は大混乱へと陥った。フリードリヒはそのまま退却を余儀なくされたのである。
ローランド帝国にしても、もしあのままフリードリヒの進軍を許していれば、均衡を保てなくなり、帝都陥落に繋がる危険があった。その功績から、ジュノーンは大きく評価されたのである。
フリードリヒからすれば、ジュノーン一人にやられたという気持ちが強かったので、非常に悔やまれる戦となった。また、ハイランド陣営はその戦を総力戦としていたので、それ以降はローランドの侵攻を防ぐ事で手一杯なのである。
フリードリヒは立ち上がり、そのままジュノーンの前に立った。
臣下からは彼に近寄る事を危険視し、制止する声が上がるが、フリードリヒ王は聞かなかった。
「お父様、お待ち下さい! まずは私の話を聞いて下さい!」
リーシャが立ち上がってフリードリヒに呼びかけるが、父王はそれに聞く耳を持たなかった。
〝賢王〟はジュノーンが差し出した剣を抜き放ち、その刃を見て確認する。その剣はつい最近使われ、そしてもはやあと数号打ち合えば折れる程の寿命しかない事は明らかだった。
「お父様!」
リーシャが懇願する様に叫ぶ。
だが、フリードリヒは愛娘の方を見向きもせず、ジュノーンを見下ろしていた。
「貴様がその気になれば、私諸共この場を灰にする事もできるだろう……私は貴様の力を知っているからな。だが、貴様からは敵意を感じない。ここに戦いにきたわけではないことぐらい、私にもわかるつもりだ」
フリードリヒの言葉に家臣達がざわめく。だが、宰相イエガーが一括し、家臣を黙らせた。
宰相は何も言わず、国王の動向を見守るつもりであった。無論、危険が迫ればいつでもジュノーンに対して攻撃を仕掛けられる体制は整えられてある。だが、その必要がない事は青年の態度を見ていても明らかだ。
彼に戦意はなく、ただその場で起こる事を受け入れようというようでもあった。
「だが、貴様にノコノコとここまで来られ、ただ返すだけでは、貴様に殺された兵に申し訳が立たん……そうは思わぬか?」
ジュノーンは未だ黙ったまま、顔を伏せていた。
「
フリードリヒの一括により、ジュノーンはゆっくりと顔を上げる。
「今、ここで死ぬ事に対して異論はあるか?」
「ありません」
ジュノーンは即答し、大王の目を射抜くように睨み返した。
〝黒き炎使い〟と〝賢王〟の視線が交差し、謁見の間には緊張の沈黙だけが残る。
その沈黙を破ったのは、リーシャだった。
「お父様、お待ち下さい!」
リーシャは父王をきつく睨んで続けた。
「どうして私の話を聞いて下さらないのですか! ジュノーンは私を──」
「待たぬか! 話なら後で聞く……だが、半年前の落とし前というものがあるのだ」
フリードリヒは愛娘の懇願を一蹴し、彼女と視線を合わせる様に少しだけ屈んだ。
「リーシャよ……愛しい我が娘よ。まだ話していなかったが、半年前の戦で、本来ならば戦争は終わるはずだったのだ。ハイランドも総力戦で挑めるだけの余裕があったあの時に終わらせていなければならなかった」
大王は憎々しげにジュノーンを見つめて、続けた。
「この男さえ邪魔しなければ、戦争は終わっていたのだぞ……!」
半年前のディアナ平原の戦い以降、ハイランドは一気に翳りを見せた。
その戦いに賭けたもの、そして失った力や兵力、食糧、損害があまりにも大きかったのだ。それらの損害を未だ補う事はできておらず、ローランドの侵攻を止めるので精一杯のジリ貧状態だ。
このまま時が経てばローランドは息を吹き返し、挽回をする事が不可能となるのは明白。ハイランドはローランドと違い、閉じられた国なので、新しく傭兵を雇う事もできないのだ。
リーシャとてその事実には驚いたが、彼女の決心を変える程のものではなかった。
「それで、今この場で彼を殺すというのですか」
フリードリヒ王は答えなかった。
家臣や民の手前、それも仕方ないとも考えられる。そもそも、未だフリードリヒはこの〝黒き炎使い〟の真意を読み解けておらず、彼の中でも結論が出せていないのだった。
「なら、お父様! ジュノーンを斬る前に、その剣で私をお斬り下さい!」
リーシャのとんでもない発言に、謁見の間にいた家臣、そしてジュノーンとヴェーダですら驚愕し、リーシャを見る。
だが、彼女の表情は真剣そのもの。それが冗談や虚勢でないことも明らかだった。
「な、何故そうなるのだ! 話が全く分からぬわ!」
さしものフリードリヒ王も、娘の要望に動揺が隠せなかった。
「それは、お父様が私の話を聞かないからです! 私はローランドでジュノーンに命を救われました。私が今ここにいられるのは、彼が祖国を裏切り、私の為に全てを捨てて戦ってくれた御蔭です」
リーシャは父王とジュノーンの間に立ち、厳しい視線で父を見据える。
「そんな彼を殺すというのであれば、それは私を殺すと同義……ですから、彼を斬る前に私をお斬り下さい。それができぬと言うのでしたら、私は……自らの命を絶ちます」
謁見の間が再びどよめいた瞬間である。
リーシャ=ヴェーゼの気迫が、かの〝賢王〟を圧倒した瞬間でもあった。
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