第87話
リーシャの位置する医療部隊のそぐ傍で馬蹄の音と斬撃音、そして悲鳴が鳴り響いたのは、先程の〝聖女の奇跡〟からそう間もない頃だった。
「敵襲! 敵襲ー! 左翼より敵部隊出現! 現在守備部隊が交戦中だが、突破される可能性が高いです! 後方に下がって下さい!」
伝令の声が響く。
「な……っ⁉」
その報告に、リーシャとヴェーダが息を呑んだ。
二人は慌てて周囲を見渡す。
「後方に下がれって言ったって……」
「皆さんを置いて、そんな事できるわけがありません」
ヴェーダの独り言に、リーシャが応える。
今彼女達がいる場所は野戦病院と化している。医療部隊の陣地は、軽傷から重傷まで怪我人で溢れ返っており、辛うじて命だけ繋ぎ止めている者も多かった。
しかも、今この場にいるのは大半が神官やシスターといった非戦闘員である。とてもではないが、すぐに移動できる部隊ではなかった。
もとより、今回はじめて戦争に参加する者も多い。自分たちのすぐそばで戦が始まっているとなって、医療部隊は一気に浮き足立ち混乱し始めていた。このままでは数騎でも突破されれば大惨事となる事は目に見えていた。
「リーシャ、あなただけでも早くここから離脱して」
ヴェーダが耳元で話す。
しかし、リーシャは一旦少し黙してから首を振った。そして、困惑する医療部隊に向けて声を張り上げる。
「皆さん、落ち着いて下さい! 今ここで判断を誤れば、私達だけでなく怪我人も全員が命を落とすことになります!」
リーシャの凛とした声に、困惑していたシスターや神官達が彼女に視線を向ける。
それぞれが皆、彼女の御名を呟いていた。
「まずは動けない怪我人を馬車に乗せてください。この際、無理矢理でも構いません。自力で歩ける者は、その補佐をお願いします。迅速に、皆でここから離脱します!」
「ですが、リーシャ様! これだけの人数です。そんなに早くは……もし突破されたら……!」
シスターのひとりがリーシャに異論を唱える。
医療部隊を覆う天幕の向こうでは、悲鳴が今も絶えず聞こえている。
敵との距離が近づいているのは明白だった。
「その時は……私達が時間を稼ぎます。だから、早く!」
今この場で戦えるのは、リーシャとヴェーダしかいない。
ならば、一人でも多くの民を救うために戦うしかない──そう彼女は判断したのだ。
「ちょっとリーシャ、何言ってるの⁉ 敵の数もわからないのに……そもそも王女が盾になるなんて、有り得ないわよ!」
「ごめんなさい、ヴェーダ。でも、ここで逃げたら私は……」
リーシャの懇願するような視線にヴェーダは頭を掻いた。一度言い出したら聞かない娘であるという事を彼女はよくよく知っていたのだ。そして、彼女が民を犠牲にして自分だけ逃げられる性格でない事も。
「わかったわ……でも、私の仕事はあなたを守る事なの。危なくなったら、引きずってでも逃げるわよ?」
ヴェーダは声を低くしてリーシャにだけ聞こえるように話した。しかし、リーシャはそれには頷かす、近くの動けない兵士を馬車に乗せる手伝いを始める。
金髪のエルフ娘は大きな溜息を吐きながらも、主君を手伝うのであった。
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新作を公開しました。
『国に裏切られてもう疲れたので、片田舎で王女様と幸せいっぱいなスローライフを送る事にした。』
https://kakuyomu.jp/works/16817139554928356128
よかったら読んでやって下さい。
宜しくお願い致します。
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